2018
06.11

幼児の虐待死、無差別殺傷事件の報道に接して

Category: 未分類

先日、新幹線のぞみ車内で青年による無差別殺傷事件がありました。
容疑者が精神疾患(発達障害、アスペルガー症候群?)で入院歴があるとの報道があります。また5歳の幼児が、行政的、医療的支援からはずれ虐待死したという悲惨な事件の報道も続いています。これらに紙一重の事例は現場の支援者は日々経験されていることと思います。

殺人自体は減っていますが、自殺者は多いままですし、こういった事件はなくなることなく続いています。政府がやろうとしていることを見ると、強者の今だけ、金だけ、自分だけの政策で、ますます弱者に厳しくなってきているように思います。

虐待や発達障害と反社会的行為との関連は私自信、注目せざるを得ない分野です。最近のさまざまな事件の精神な鑑定には必ず発達特性と養育環境の双方の視点もはいるようになってきています。

少し古い本ですが、「非行と広汎性発達障害(藤川 洋子著、日本評論社)」などがわかりやすいと思います。発達特性と親子の関係から解きほぐしています。観念上の父殺しと自然死に近い形での母との別れが必要と説いています。

また、犯罪にいたる要因の研究ではリスク因子と保護因子の関係で説明するのが一般的かと思います。教育ジャーナリストの品川裕香さんの著作などに詳しいです。

発達障害はその育てにくさゆえに虐待のリスクにもなりますし、少数派ゆえに理解や支援を得られにくく家や学校、社会での不適応を繰り返すと被害的認知をもちやすいなどの成人期以降の社会不適応のリスク因子の一つにもなりえます。

しかしその一方でASDの場合は自閉性が保証されれば自分なりの世界や楽しみを持った上で、社会生活においてはユニークな視点を持ちながらもむしろルールをしっかりまもる良き市民(研究職や職人、アーティストなど)になるでしょう。

またADHDの場合は多動性や衝動性、向刺激性を保証されればアスリートや冒険家、ベンチャー、危険を顧みない仕事に従事するなど危機要員として、また世界の限界や楽しみを広げてくれる存在として活躍できるでしょう。

発達障害を社会不適応のリスクにしないために、理解と支援、場合によっては幼少期から継続した支援と親も含めたケアが必要で、医療も教育も福祉もバトンをとぎらせることなくつないで伴走していくことが必要です。
不適切な養育環境に関しては、親への支援をベースとしながらも、どうしても家族での養育が難しければ適切なタイミングで社会的養護(里親など)も必要と思われます。

また格差や貧困を解消し、社会全体で子育てを支援する体制を充実させ、リスク要因のある子どもや家庭環境でも虐待に至らず、保護要因が十分に上回るように、子どもの貧困の解消、一般の子育て支援を拡充することが、結果として親の養育能力に乏しい子ども、発達障害の子どもも救うことになります。

少数派が声をあげられる場を維持し、社会全体の対話を促進しすること。
そしてすっかり歪んでしまった我が国の政治をまっとうに機能させることも必須と思います。

スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2018
04.09

発達障害あるあるラボトークライブ in しおじり2018

Category: 未分類


4月7日に、塩尻えんぱーくで発達障害の手作りのイベントを開催しました。

「発達障害あるあるラボ」という発達障害のピアサークル、セルフヘルプグループを2年間ほそぼそとやっていて、大人の発達障害のグループから、親子のグループが生まれ、発達凸凹の子の子育てや教育に成人当事者がコメントをしたり、混じり合うところも面白さで参加者も増えてきてニーズをひしひしと感じていたのですが・・。

その中で、どうも発達障害の講演会とか県や市町村などもしょっちゅう開催してエライ先生のご高説を拝聴みたいなのはよく開催されていて、いろいろあってそれはそれでいいんだけど、外から目線の物が多く、うまく体験が理解されていないよね・・。困っている人はいっぱいいるんだけど、当事者同士が、つながれていないよね・・。具体的な支援につながらないよね、という声がいつもありました。

そうこうしているうちに4月の第一集は発達障害の啓発週間だというのにそういえば中信圏域では何も企画がないよね・・。長野や諏訪や盛り上がっているのに、松本平はまとまりがわるいよね、というところから始まったこの企画。
場所予約しちゃいました〜というとろから始まりました。
いつものトークを見てもらえばそれだけで十分いろいろ伝わるし面白いよねというところからでしたが、(ですので失敗はない。参加者が少なくてもちょっと高い会場をつかったくらいのもので・・。)、そこに当事者のアート展や音楽ライブ、同人誌の制作、諏訪のライトアップの実行委員会の方なども相乗りしてくれて様々な企画が相乗りし立派なイベントになりました。

自分はいつもながら自分がやりたくて、やれて、楽しいことが最優先。
入場券代わりの缶バッチをつくらせてもらったり、いろんなつながりや団体に、あちこちに声をかけて原稿や参加者をつのったりしてやりたいことやらせてもらいました。当事者、親、医療、教育、福祉、行政をまたぐにはボトムアップ・アプローチが一番いい・・。

行動援護などもされているセミプロのシンガーソングライターのトーメさんや新聞記者さんなど、いろんなプロもプロボノ(専門知識や技術を持つ人の自発的な無償や低額のボランティア)で参加していただき、立派なイベントになりました。

挨拶


トーク内容、もっと詰めておかなくていいの?とハラハラして、当日の直前の打ち合わせもできませんでした、当日会場から飛び入り参加頂いた方の話がわかりやすく、感動的だったり何がでるかわからないのはライブならではですね・・。場を設定すればいろんな出会いやつながりがうまれますね。

親子トーク

親子の発達障害あるあるラボトークライブ

大人トーク
大人の発達障害あるあるラボトークライブ

さらに盛り立てていろんなつながりを作っていきたいです。
スーパー心理士の上間はるえさんがブログでまとめてくれているのでこちらもご参照ください。



Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

(大人の&親子で)発達障害あるあるラボ公開トークライブ

Category: 未分類
発達障害啓発週間イベント。
ピアエンパワーメントグループの、大人の&親子で発達障害あるあるラボの公開トークライブです。子どもが発達障害かも?と心配している親、大人の当事者・支援者・発達障害に関心のある人は誰でも歓迎です~。

あるあるライブ

イベントページはこちら

参加費:500円(資料代込み、未成年は無料)
申し込み:不要
場所:えんぱーく3階の多目的ホール

13時30分〜親子で発達障害トークライブ
14時45分 〜トーメさんのミニライブ
15時15分 〜大人の発達障害トークライブ

壇上でばんばんトークしたい方、展示などを含め何かやってみたい方、お手伝いしてくださる方ご連絡ください。
先輩のお母さんたち・成人当事者らと交流したい・質問したいという人もOKです~。
当事者のアート?作品も展示予定です。

お問合わせ、質問、ご意見、企画などはaruarulabo@gmail.comまで。
Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

発達障がいに関する研修会in飯島町。

Category: 未分類
3月6日、長野県の次世代サポート課と翔和学園の企画のシンポジウムで福岡寿氏と伊藤寛晃氏とご一緒させていただいた。

 福岡寿さんは、いつも通り面白くてためになり元気になる話。これまでの歴史や全国の動きなども示す一方で、具体例も豊富。最近は保育園での仕組みづくりに力を注がれている。私も保育園の巡回相談もつかせていただいたが保育園までに集団の中で特性に気づき、親にも気づかせ、フォローしてつなぐ仕組をつくること。特に目立たない子に特に注意すること。高校ぐらいにヘロヘロにならないように、中学くらいまでに自分の特性を知り活かせるようにすることの重要性を指摘。

 ギフテッド教育をうたう翔和学園を伊藤さんは本人の好きや得意に徹底的に注目して関わること。その一方で集団を活かすこと、身体アプローチの重要性などなどを述べられていた。成人の二次障害事例、ひきこもり事例、知的障害のある事例も粘り強く関わっているようだ。昨年見学させていただいた長野の翔和学園は生活訓練と就労移行支援の仕組みを利用した福祉型学園で、学園生活的なものに思い残しがある群には最適と思った。一方の東京の翔和学園は放課後ディやフリースクール、卒後の就労支援事業所もあり多機能で垂直統合型の事業をおこなっているようだ。

 私からは医療では二次障害をきたしてからの関わりなりがちだが、医は医無きを期す、予防は治療に勝るという視点。障害の問題から少数派に関わる本人と周囲のメンタルヘルスの問題としてとらえるべきではないかということ、家族会や当事者会などのサポーテッドピアサポートの重要性、医療機関の予後調査で生活介護か福祉的就労か一般就労したかなどがアウトカムとして評価されるが、余暇活動が充実しているか、幸福度はどうか、就労が継続できているかなどが真のアウトカムになるべきではないかと提起してみた。

 長野県の発達障害児者支援連携協議会の事務局は精神保健センター内の発達障害者支援センターから、次世代サポート課に移管される。次世代サポート課は県知事直営のちょっとかわった部門で、信州やまほいくなども推進しており、幼児教育と、高校以降の教育、翔和学園のような教育で義務教育をはさみ、福祉、教育、医療の壁を取り払い特別支援教育を普遍化させていく腹づもりのようだ。長野県の発達支援や教育はこれから面白くなっていきそうだ。
Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

幼稚園での親支援プログラム

Category: 未分類
3月6日に信州大学附属松本幼稚園で親支援として前回の講演につづき希望のあったペアトレのさわりをつたえる企画を開催。自分では自信がなかったので、ペアトレに携わってきたミカプロ(子どものミカタプロジェクト)の高瀬CPにお願いしました。 東京や松本で子育て支援や教育相談、スクールカウンセラーをされてきた高瀬さんは会場の参加者や先生も巻き込み、さすがの話でした。

本来は複数回のプログラムで親を支援し、仲間づくりをおこない、行動の変化に肯定的注目を与え続けなければなかなか難しいかもしれないけれど、子どものミカタを学んで子どものミカタになることですこしでもやってみようと思ってもらえればその子の将来がかわってくるかなぁ。

 発達障がいの知識やペアトレの基本を伝えるこういった企画は一般の親にむけて全ての保育園や認定こども園、保育園であってもいいとおもいます。 

 レポートはこちら

Comment:0  Trackback:0
2018
03.04

ひきこもりラジオ出演

Category: 未分類
安曇野市明科で、ひきこもり、子ども若者、精神障害などの支援をアウトリーチも交えて精力的におこなっているNPO法人グランドリッシュの望月美輪さんがパーソナリティをつとめる“ひきこもりラジオ”(ローカルFM局の、あづみのFM)にゲスト出演させていただきました。

学園祭のときのミニFMみたいなノリで、こうやって番組作るんだというのが見られて楽しかったです。
ちゃんと打ち合わせをして、リハーサルをして、ミキサーさんが音をつくってくれて・・。なのですが、ライブ放送は独特の緊張感ありますね。プロの仕事です。
パーソナリティとゲストのやりとりを聞いてもらうというのは、ある意味リフレクティングですね。いろいろ可能性を感じます。

発達障害の説明や、ひきこもりの方の質問に答えるコーナー、大人、親子の発達障害あるあるラボ、啓発イベントの案内などもさせていただきました。
JASRACとの契約などの関係か音楽抜きのバージョンですがYouTubeでも聴けますのでよろしければお聴きください。




Comment:0  Trackback:0
2018
02.04

ヘルスリテラシーとヘルスコミュニケーション

Category: 未分類
あるグループでの議論の途中でまとめたので、シェア。

何かが何かのリスクになる、あるいは効果があるというためには、科学的な方法論に則ったものでいないと、いくら主張しても受け入れられず、根拠の乏しいものを断定的、教条的に主張すると宗教や疑似科学の範疇にいれられてしまうことを覚悟しなければなりません。

科学的根拠(エビデンスといいます)にはレベルがあり、高いレベルのものほど質の高い科学的根拠になります。偏り(バイアス)の除去と再現性がポイントです。根拠のレベルはおおざっぱに以下のようになります。

①迷信や風習、伝聞、個人的な経験
②専門家の意見
③単発の事例報告
④複数の事例報告をまとめたもの
⑤過去のデータを集めて確認したもの
⑥未来に向けてデータを収集したもの
⑦条件をできるだけ揃えて治療法の場合は介入群(例えばお薬やある治療法など)、リスクの場合は暴露群、例えば科学物質や放射能など)と非介入群(非暴露群)を出来れば被験者や検査者にもわからないようにして追跡したもの
⑧ 複数の⑦をまとめて解析したもの

の順で、高いレベルの根拠になります。
ポイントは個人的な事例や伝聞でも一応根拠になるということです。
ただし、科学的根拠のレベルは低く、今後の検証や研究を待つ必要があります。
また一見科学的な体裁が整ったものでも批判的に吟味され、バイアスが検証されたり再現性が確認されなければなりません。

倫理的な問題に配慮しながら、細胞実験や動物実験(マウスやラット)なら同一の遺伝背景をもつものでの研究がなされてますが、ヒトの場合はクローン人間を使うわけにはいかないので、ある地域の集団(コホートといいます)や双生児を追跡調査したり(東大でやっていますね)、診断や年齢などできるだけ条件をそろえた人を募集して調査や介入研究をしたりして研究者は科学的根拠づくりにいそしんでいるわけですね。
そして今ある科学的根拠を吟味して診療ガイドラインなどが作成されています。

現実には十分な科学的根拠のない中で治療法やリスク回避を、本人の価値観を尊重しながら、取りうる選択肢のなかから選んでいかなければなりません。

毎日新聞の連載「健康を決める力」も参考になります。

Comment:0  Trackback:0
2018
02.03

プラットフォームとしての高等学校

Category: 未分類
厳しい家庭環境、発達特性、中学までの不登校など様々な困難を抱えている生徒がたくさん通う県立の定時・通信制の高校での進路指導、SSTと情報交換会に参加させていただいた。
私も支援に関わっている方も多数お世話になっている。

なかなか先が見えない、先のことが考えられない、なんとなかると思えない子も多い。経済的に苦しくアルバイトしている生徒も多く、学業だけではなく、進路指導やデートDV防止講座、常設の相談室、個別支援計画などが丁寧で、生徒と先生との関係にもあたたかさを感じる学校であった。

3年次だけではなく、1年生も参加。大手スーパーに就職内定したばかりの生徒、働きだして1年のOB、その会社の教育訓練マネジャーのお話。新人研修の内容と同じであろう働く意味や、バイトと正社員の違い、小売業の歴史、社会的意義といった話も良かったが、働きはじめて1年の方の「マンガやアニメに自由に趣味に使えるお金が増えた。将来はそこそこ出世して結婚して家庭をもちたい。」という話に「二次元、三次元?」と先生が突っ込む掛け合いも素晴らしかった。

講演の後、準備、練習してきたグループに分かれて外部の方も交えての面接の練習だったが、「バイトの経験」と「休日の過ごし方」ってのがキークエッションだなぁ。

Comment:0  Trackback:0
2018
01.26

Ask what you can do for your client!

Category: 未分類

もう還暦なので、理不尽なことにも、かなり鈍感になってきた。 しかしそれでも、時には激しい怒りを抑えられないことがある。 大変残念なことだが、そのほとんどはケアマネがらみ、である。...
BLOG.DRNAGAO.COM

記事中にあるように、逆も真なのなのだろうし一部なのだろうが・・。この問題は認知症だけではなく障害者(特に精神障害)全体に言えることだと思う。 

 私自身、大変なケースを抱えたときにいろんなところから板挟みになり、目の前からいなくなれば、楽したいとは私も思ったことは何度もある。そういうケースが亡くなったり、転院したりしてほっとしたこともある。

 しかしケアマネに限らず支援者と呼ばれる人が、本人のために自分が何ができるかということを考えて動くことができず、ただおとなしくして欲しい、目の前から消えて欲しいという支援者のニーズに対して動いてくれるところをチョイスしていく。
 ここ一番しんどいときに何らかの力のあるところを一時的に頼るのは仕方ないと思うが、それだけを続けていった結果が果たしてどうなるか?。さまざまな悲惨な事件が物語っている。あすは我が身だ。 

 当地でも治療できる部分が少ない強度行動障害の方を精神科への入院医療だけでなんとかしてほしいと丸投げしつづけてきた結果、リソースを使い潰し地域の病院でも受け入れにトラウマティックになり受け入れられるところがなくなった。そこでコーディネーターがコネをつかって知り合いの偉い医師に頼み遠方の他地域の病院へ入院させたりしていた。そこまではしかたないとしても、そこにもいつまでもいられず当然治療もできず退院。先方の病院の医師から頼まれたので地域の方なら自分の仕事ですから出来ることはやりましょうと引き受けたら、本人にも合う前にそのコーディネータや行政の保健師がドヤドヤとやって来て囲まれた。そこでいきなり「入院をさせて欲しい、入院できる医療機関を紹介してつないで欲しい」と詰め寄られ非常に残念で悲しい思いをしたことがある。そういうことが繰り返されてきたために、このコーディネータにはこの一点突破しか手がないのだなぁと・・。  

 もちろん医療で出来る部分はきっちりやるが、医療とてなんでも解決できる魔法のような力はない。とくに障害の分野では・・。自分に何ができるかを問うとともに、あなたの仕事はなんですか、自分の全てを総動員して他あらゆる角度から自分たちに出来ることを検討しましたか、焼畑農業のようなことをいつまで続けるのですか、奇跡が起こるのを、スーパーマンが現れるのをいつまで待っているのですか、あなたには何ができますかと・・。病院だけにいても何もかわらないと学校や施設に出向いたり、自宅へ訪問診療したり、家族支援したり、ロビイングしたりして仲間を増やし・・。思えばそこらへんが出発点かな。  

Comment:0  Trackback:0
2018
01.10

高齢者と運転

Category: 未分類

高齢者の運転にかかわる悲惨な事故がまた起きてしまいました。

楽隠居するのが難しい時代ですね。そもそも人は多様性を持って発達し、多様性を持って老化していく存在ではあります。
発達は年齢で横並びではないとは言え、どんなに認知判断能力、運動能力が優れていて18歳まで免許が取れません。また、どんなに元気な人でも多くの組織的な職場には定年というシステムがあります。

ただお金と車は自分の力を何倍にもしてくれるものですからそれを取り上げられるのは抵抗が強いです。また特に地方では車がないと通院や買い物など生活が成り立たないような地域のつくりになってしまっています。

いろいろな意見はあるでしょうが、長生きすればするほど認知症になる割合は確立は高まります。またてんかんなども高齢者で増えます。

認知症割合 tenkan.jpg

出典:日本神経治療学会治療指針作成委員会編集「標準的神経治療:高齢発症てんかん」463ページ、Fig. 1「年齢別てんかん発症数」

1)Epilepsia. 52: 1857–67, 2011. Sillanpää M, et al.: Regional differences and secular trends in the incidence of epilepsy in Finland: a nationwide 23-year registry study. 

(高齢者のてんかんの有病率:てんかんネットより)


これらを考えれば例えば75歳なり81歳になったら免許を全員返納した上で、社会として公共交通の多様性を増やし、モビリティの自由を保証するシステムを作ることに創意工夫するという考え方もあるのではないでしょうか・・。認知症だけではなく交通弱者に優しい社会になるとおもいます。


身体面の衰え以上に、認知機能や精神面の衰えは気づきづらく認めづらいものです。

医師にとっても判断能力の判断というのは難しいものですし、免許更新のたびに認知症検査をヒヤヒヤしながら受けて、ピックアップされて、自尊心を傷つけられながら診察をうけたあげく免許を取り上げられるというよりは段々と諦めや納得感が得られやすい気もします。


免許と金銭管理をいかに手放し諦めるかという問題は認知症診療をしていたときにはかならずぶつかりました。(認知症診療の山場の一つ)
認知機能検査の結果と画像などを示しながら、事故のリスクの割合、事例などを説明しながら、医師として運転は許可できない。他の医療機関を受診してもよいが、どの医師でもそういう判断をするだろう。
これを聞いていて事故をおこしたら民間保険がおりないこともある。家族が責任をとわれることもある。と本人家族に伝えカルテに仰々しく記載することが精一杯でした。
車の維持費とタクシー代を計算したりということもやったりもしました。
今は運転シュミレーターをもちいてリスク判定して自覚を促したり、免許返納に当たっての相談窓口を警察や行政が開いていたりいろいろと仕組みはできてきていると思います。

明日を今日より少しでもマシな世界に。


Comment:0  Trackback:0
2017
11.26

「自分のこと」のおしえ方

Category: 未分類
平成29年11月25日。吉田友子先生を招いての、信州大学子どものこころ診療部セミナー「発達障害の子ども本人への診断告知」まとめ。

 まず、こんな「告知」は危険という話から。幾つかの例があったけど、結局、準備なく告知するのと、周り都合で告知するのがダメ・・。一方で本人が知りたい気持ちを持ち始めたのにごまかすと、何かまずい聞いてはいけないことなんだなというメッセージを受け取ってしまう。
 自分はどうもみんなと違っているようだと気づき始めた時期を狙って説明する。だいたい8歳を過ぎたら聞かれることに備えて準備をしておく必要がある。計画的な告知では安全な診断名との出会いを設定できる。その際には本人も保護者も具体的な支援をうけて生活が安定し、苦手があっても工夫によってうまくいく、特性は強みにもなるということを体験をつうじて実感している大事。支援をうけた体験があると抽象的なキーワードも理解できる。また他の子どもの治療計画をまもるためにも、誰彼話すことはしない能力があることも大事。大事なことだから同じくらい大事におもってくれる人にのみ話そうねと伝える。
 一方で小さいときから継続的に支援をうけられていない子どもたちの場合は、診断説明(告知)で、診断を受け入れずに支援拒否したり、逆に診断を「ご印籠」のように使用するなどの副作用がでることも・・。

 担任の先生を信用している年度で、変化の大きい春休みを避ける、親子ともに相談の場があることが望ましいなど細かな配慮も必要・・。

 脳のタイプ名としての自閉スペクトラム(約10%?)とサービスの入場券としての自閉スペクトラム症(自閉スペクトラム障害)(約1〜2%?)を意識する。医療や福祉が必要なくなれば診断名はつかなくなる。診断告知は流れの中の一つ、自己理解支援の一段階にしかすぎない。血液型や利き手のように優劣のない少数派の一つということを伝えたい。親とも相談して本人に合わせて記載を変更して、長所や苦手が、なるほど自分にはあてはまるということを確認していく。
 診断告知の意味は「なぜ、技術を学ぶ必要があるのか」を伝えられるから。それは「劣っているからではなく少数派だから」ということ・・(日本人が英語圏に旅行するために、安全安心な滞在のために英語を学んだり、翻訳機などの支援機器をつかうのと同じ)。
 自己否定的な技術向上を避けることが肝心。(特別な工夫や技術を使えば使うほど自分が普通でないと感じて、自己嫌悪(=目標は普通になること))では、せっかくの技術習得が自己肯定につながらない。

 学齢期、成人までに生きる上での必要な技術全てを身につけることはできない(例えば契約やパートナーシップなど)から、相談する技術が大切。相談したら良いことがあったという実感が相談意欲を育て、相談者としての成長につながる。

詳しくは著書も参照ください。


Comment:2  Trackback:0
2017
10.31

こころの健康の授業(保健体育)

Category: 未分類
信大の附属小学校5年生の養護教員の保健体育の授業にゲストティチャーとして参加しました。

先日の親(PTA役員)や教師も参加する学校保健委員会のミニ講演でも「心の健康には援助希求できることが大事、大人は相談されたらちゃんと応えてね、それが相談するという力を育てる。大人もできることは助けて、自分でできないことは専門科や他の人にも相談しましょう」と親や先生の側にもお伝えしておいた、それで子どもに対しても授業・・。
このへん、ちゃんと学習指導要領にもあるのね。

テーマは心身相関を理解する→対処方法を考える。ということ。
このへんは個人精神療法やディケアのプログラム、職場のメンタルヘルスの講演、発達障害の子どもと親のアンガーマネジメントプログラムなどでもやっているのと共通する部分も多くやっぱり基本なんだろうな。

事前アンケートでは悩みの無いという子どもが過半数だったけど思春期にはいっていろいろ出てくるからな・・。特に人間関係、さらに親子関係、自分との関係・・。おまいら覚悟しとけよ・・。
イライラした時や悩みがあるときの対処法として子どもたちに聞いたら・・「殺す」、「自殺する」などと大きな声で言う子も(^_^;)(自分や他人を傷つけない方法で)

グループ話してもらって、好きなことをする、大きな声を出す、物を投げる、寝る、食べる、リラックスする、話す・・。見方を変える、などいろいろ意見がでました。
こちらからお伝えしたのは、まず落ち着け!逃げろ!キレると損ということ。イライラって思い通りにならない時に沸き起こる未分化な感情だからわかりにくいよね・・。
体を動かしたりして発散して、リラックスして、しっかり食べて、よく寝て、スッキリした頭で考えましょう。

つぎに一人で悩むな!ということ。自分の頭だけでいい考えが浮かばなければ他人の頭をかりるための相談しましょうと。相談相手は担任や親、養護の先生やスクールカウンセラーもいるよと・・。どうしても苦しければ病院に来てね・・。とお伝えしました。
ある子どもから「精神科ってどんな相談が多いの?」と本質的な質問が・・。基本は悩みを何でも相談してもらっっていいよろず相談だけど、居場所がないとか、自分をコントロールできないとか、死にたくなったりしたときかなぁ・・。

小ネタとしてもっていったアロマのエッセンシャルオイルも予定通り注目されたけど、みんな匂わせて〜と小瓶を男子に振りまかれて教室に森の香りが充満しましたとさ。

Comment:0  Trackback:0
2017
10.03

”札幌市自閉症者支援センターゆい”のレポート

Category: 未分類
 札幌に行く機会があったので、社会福祉法人はるにれの里、札幌市自閉症者支援センターゆいを見学させていただいた。

札幌郊外の公共交通機関や大きな道からやや外れたエリアの、立方体の無落雪屋根の住宅が並ぶ住宅街と、工場や倉庫が点在するエリアにあった。札幌は計画都市であるために全般的に道幅が広く、道も多く渋滞がすくなく(冬季は除雪で雪山ができ違うのだろうが)車での移動(今回はタクシーでお金はかかったが)は時間がかからず快適である。

全国から見学者も多いようで見学は3000円(4時間以下)の協力金と明瞭会計である。
1時間弱の時間だったが、所長さんが施設やグループホームを案内してくださり、質問をうけて下さった。 

  SapporoYui2  

札幌市からの指定委託管理のゆいは永久的な入所機能はもっておらず、地域移行のための施設(定員30名)、ショートスティ(定員6名)、生活介護(定員44名)、自立訓練(定員6名)からなる。
コーディネートやコンサルテーション機能や地域の啓発活動は同一建物の2階にある発達障害者支援が担っており、法人内外の他の事業所とも連携しながらやっているそうだ。
ゆいの廊下でつながった建物群にはユニットになった居住エリアと、日中の活動のエリアがある。
体育館もあり大きなトランポリンなども設置されていた。
エリア内は適宜、移動式の壁やパーティションで様々に区切れるようになっており、日中活動においてもなるべく利用者の動線がかぶらないようにと配慮されている。敷地内には生活介護の作業所や築山のあるプレイグラウンドもある。  

自閉症者支援センターゆいは札幌市の児童施設に過年齢児が増え、入所施設からの地域移行が言われるようになって、受け皿として指定委託管理をうけて設立され今年で10年になる。
対象者は人口200万弱の札幌市全域から、地域での支援で何とかならなかったような、支援区分6、行動障害のスコアが10点以上の方などで、IQは測定不能〜20くらいの最重度の知的障害を伴う自閉症かつ強度行動障害のケースを受けている。重度知的障害、重度自閉症の困難ケースは積極的にみるということで他の福祉法人とは住み分けができている。
人の刺激に弱く、言語でのコミュニケーションは困難で排泄なども自立せず、自傷や他害、異食などの行動障害が続いているようなケースだ。3年間を目処にアセスメントをおこない、環境を整えほぼ全員が地域に点在する同一法人の運営するグループホームへと移行している。入所の利用者の平均年齢は30歳弱くらいとのことだが、ショートスティでは土日を中心に4歳位の子どもからも受けているとのこと。
相談をうけると大変なケースは「親は手離せ」と言っている。紆余曲折があり、相談支援事業所が動き、ケース検討をしてショートなどを繋いで、ゆいにたどり着く。
それでも「うちに来たって魔法はかからないよ。ゆっくりと時間をかけてやるしかないね。」と言っているそうだ。親の関わり方も様々で、ゆいに来るようなケースでは自宅に帰るというケースはほとんどないそうである。  

 法人ではグループホームもたくさん作り、展開しているが、地域移行とは言え、グループホームも集まればコロニーということになる。ケアのことだけを考えたら集めたほうが楽だが、今後は大規模な施設はつくることは難しく、地域に点在させたほうがかっこいい、町内会費も払って、変じゃないでしょと示すのも彼らの仕事と考えているとのこと。ただ集団にはいることで本人の好感度が下がるなら、地域の行事への参加などもしなくてもいいという発想である。  

 全般的にみんな一緒にしようという発想がそもそもなく、それぞれの人にあわせて個別におちつける環境、関わりをつくっていくのが基本。人の刺激に弱いので、パーティション動線なども区切り、活動の場所、活動のペースも個別に決めて対応している。
 もし活動で同じ場を共有できるなら上等という感じだそうだ。居室も物がある方が落ち着く人、シンプルな方が落ち着く人、それぞれにあわせて環境調整し、壁紙を剥いで食べてしまう人などの部屋には木を貼り付け、ぶつかりながら移動する人の動線にはクッションが貼られているなど個別に対応している。そのままの環境をグループホームに持っていくそうだ。
 卒業生が近隣のGHから通う生活介護では余暇型のメニューが主だが、働ける人には個別のワークシステムで大根の皮むきなどの仕事を提供している。  

 集団でのかかわりのほとんどないそういう状態をみて、親から「寂しそうだ、かわいそうだ」と懇談などでは言われることもあるが、相談員は「そうですね、できるだけ頑張ります」といいつつ、本人の安定した環境を提供すべく聞き流しているとのこと。

  支援者のスタンスで印象的だったのは大変なケースをみているのにもかかわらず飄々、淡々としているということと、決してこちらのこだわりを利用者に押し付けず、環境調整に徹しているということである。
 ある程度の知的能力があるなら本人のスキルに働きかけて、対人の距離のとり方などの学習を期待することもできるが、知的に重度のケースは環境を調整していくことに尽きる。本人が嫌がることは強制せず、不穏になって暴れるならスタッフはすぐに逃げて無理をしない。お互いが持続可能であり、だれもができる方法というのが大事であり、ある支援者としかできないということであればそれはベースラインにはなりえない。担当者が変わっても支援が継続できるように情報共有はしっかりやっているそうだ。  

  どうしても落ち着かないときには、やむを得ず行動制限もすることもあるが、切迫性・非代替性・一時性の原則は確認して親の同意をえて、しっかり記録をしながらおこなう。それでもその状態が頻繁につづくようなときは一時的に協力関係にある精神科病院へ入院を打診する。その際はこれだけのことをやりましたと示しているとのこと。
 もっとも自閉症に関しては入院しても大きく変わるものではないと思っており、かならず3ヶ月なら3か月で再度引き取っているとのこと。担当できてもらっている精神科医と近所の内科の嘱託医はいるが、医療への依存は全般的に低いように思えた。

 食事に関しても他の人のものに手をだしたりするため、ほとんど個別にとっており、歯みがきも自分で磨ききれる人もほとんどおらず、年に2、3回ほど歯科衛生士さんにも来てもらいブラッシング講座をやってもらい、ブラシを帰るなど個別に磨く方法などを検討し仕上げ磨きは丁寧にやっているそう。

 親も一回も会いにこない方もいるが、親には親の人生があるとこだわらない。 面会に来る親も、面会からはじめ、落ち着いたら外出、そして帰省と段階を追うとのこと。それでも面会室以外の施設内での親の面会はお断りしているそうで、それは、本人にも、他の利用者にも施設見学者と親との区別は雰囲気ですぐに分かりみんなが「俺の親はいつ来るのだ」と落ち着かなくなるからだそうだ。  

 最近は新たに強度行動障害化するケースが増えているという印象はなく、早期療育がそれなりにすすんでいる効果もあがっており、親の会活動は低迷しているが、支援者が増え、またネットなどでも情報が得やすくなったために勉強しやすくなり、気合と根性の子育てでおかしくなるということが減っているからなのだろうとのこと。まだまだ学校の先生にも学校にも当たり外れはあるが、はずれ先生にあたって、外部からの提案がうけいれられない場合でもずっとじゃないから、そのうち変わるからと相談をうけた側もあくまで淡々と対応している。学齢期は幸いなことに札幌市には放課後ディサービスが山ほどできており、ちゃんとやってくれるところに、アセスメントして整えた環境を引き継いで見てもらえるとのこと。高等部も利用できるなら利用したいとのことだが、学校で対応できず行くと不調になるようなケースは「学校へ行かなくても死にはしない」といっており、福祉サービスを優先することもあるようだ。ただ義務教育年齢卒業以降はなまじ学校に籍があるとやりにくいとはいっていた。

  全国的に有名な「はるにれの里」でも、人手不足で他の仕事もある現状では福祉業界の職員の募集は大変であり特に若い人はなかなかあつまらず、入職時には有資格者でなくても採用しているとのこと。(有資格者には多少の給与の上乗せはある)。研修体制は充実しており、法人で年をとおして週に1回程度は何らかの研修があり、研究発表なども奨励している。勉強のための本も揃っており、資格取得は応援していて試験などは公休にしたりしているそうだ。

  SaaporoYui1  


 行動障害を減らし、本人の落ち着ける状況をつくるために、本人を変えようとするのではなく、全体の流れはあるものの、動線なども他の人と会わないように工夫し、ハード、ソフト、ワークシステムともにここまで!というくらいに個別に対応していること、それでも行動障害がさまざまな要因で悪化する人もいて一定期間遠、病院に行くこともあるが、それも含めてシスティマティックかつ淡々とやっていた。最重度の知的障害と自閉症をもち強度行動障害もある群の人が集まっており、それでもなんとかしているのを見て希望がもつことができた。
 

Comment:0  Trackback:0
2017
09.17

人は、人を浴びて人になる

Category: 未分類
夏苅育子先生の新著「人は、人を浴びて人になる 心の病にかかった精神科医の人生をつないでくれた12の出会い」を読んだ。
あざやかな黄色い素敵な表紙の本であり、パワーを感じられる本である。

NPOで安曇野にお呼びして以来、ことあるごとに声をかけていただき、学会などでも何度かお話をうかがった。そのたびに自分と母のこと周囲の人との出会いを堂々とオープンにされていかれるその姿に勇気づけられた人も多いと思う。

これまでの本や講演では統合失調症を病む母とのことが中心であったが、この本はご自身と周囲の人の関わりについてがメインのテーマになっていった。その集大成とも言えるこの本では子ども時代から順に12人の人との出会いと関わりについて丁寧に語られている。

家族会や学会などで度々講演をされているので、これまでに夏苅さんの講演を聞いたことのある方なら、読んでいると夏苅さんの声が聞こえてくるような感覚にとらわれるのでは無いだろうか。

たとえどんなに過酷で壮絶な大変な人生であっても、人が時間と人との出会いで回復していく力がある、回復するのに締め切りはないのだというのを信じさせてくれる。そしてそれを信じられる、信じて待っていてくれる人がいること自体が、病や障害があっても回復していくための最大のファクターなのである。
そうして今、夏苅先生は、夫と運営している診療所で、そして全国に講演にあるきまわり、多くの人にそのことを伝えている。

生きることに投げやりになっている人、支援の現場で悩んでいる人、家族、医療や福祉に従事する人やその卵の方々は必読の書だとおもう。

自分も自分が弱った時には堂々と周囲に助けをもとめ、また自分の周りの人を自分のできることで勇気づけられればとおもった。



Comment:0  Trackback:0
2017
09.12

大人の発達障害のセルフヘルプグループ

Category: 未分類

2年くらい前から自分と仲間のために、ほそぼそと大人の発達障害のセルフグループを続けています。 会場を松本、安曇野、塩尻、南松本と変えながら8回目になりました。


 何らかの事業やディケアのプログラムという形にしてしまうと対等性がなくなるので、あくまでも自分(たち)のためにほそぼそとやっているセルフヘルプ・グループ(SHG)の形をとっています。 


運営もボランティアベースで基本的に誰かに何かを強制するということはありませんし、多少盛り上がるような多少のファシリテート、場が荒れすぎないように多少の仕切りはしますが無理はしません。


会場費200円を頂いてということくらいしかきまっていません。

来る者は拒まず、去るものは追わずのスタンスです。 思いついたら即行動、即発言のADHD優位のタイプの人が旗を振っているのに、他の人達が相乗りしている感じだと思います。ADHD(不注意多動優勢、衝動性優勢)とASD(孤立型、受動型、積極奇異型)でもそれぞれ全然違いますが、続けて参加していると人のフリみて我がフリ気づくといういことはあります。人はたいてい自分のことより他人のことのほうがよく見えて、励ましたりアドバイスもできますから・・。 


会場や参加者によって毎回雰囲気が違っていて、女子ばかりの会だったり、会議室でホワイトボードをつかって書きながら3つお題をだして30分ずつくらいで区切ってやったりもしました。前回ははじめて和室でやりましたが和室は輪になれたり横になれたりで良かったと思います。 枠と自由度、参加者がそれぞれに気づきと癒やしを得てかえってもらうための適度なルールやファシリテーション(仕切り)のバランスが難しいとおもいます。


積極的に話せない人への配慮をうんとということになると、小道具やパスカードなどを使って配慮された会のようになると思いますし、型をきめて構造化がすすむと、いいっぱなし、ききっぱなしのAAのようになると思います。


発達障害のSHGでは、それではやや物足りなく感じる人も多いかもしれません。

話せない人への配慮も必要ですが、ADHD優位の話せる元気な人に引っ張ってもらわないとなかなか盛り上がらないということもあります。 発言を強制されない権利もあるので、言語でのリアルタイムでの表現が苦手な人、なれるまでに時間がかかる人、観察していたい人などは場を共有するだけでもいいのかなとも思っています。 


参加条件をしぼりクローズドな会にすると同質性が担保されたほうが運営や目的の遂行はなしとげやすく予定調和的になますが参加者はあつめにくくなります。参加条件をゆるくしておオープンにして多様性があるほうが創発性が高まり気づきや癒やしの機能は高まりますが参加者をあつえめたり運営をするのは難しくなります。参加者も事前に限るとなかなか参加者も集まりにくくクローズドな感じになります。


当日参加ありとすると、集まる人数が読めない(そのため仕切りが難しい)ということいなります。 誰でも運営できる形というのなら型をきめて構造化を強めていけばよいし、ゆるくしていくならファシリテートに慣れた当事者、支援者や専門職のサポートも必要ですね。 


リアルタイムのやりとりでない文字言語のほうが楽な方のための、Facebookグループでの会場もあります。(”大人の発達障害あるあるラボ”で検索してみてください) 


こういった会のあり方の模索もふくめてラボ(実験室)と名乗っています。

明日は今日より少しでもマシな世界に。


********************************************************************************************

リアル発達障害あるあるラボ9回目 10月28日(土) 13:00〜15:00 

松本市、なんなん広場、音楽室です。 参加費200円です。


Comment:1  Trackback:0
2017
09.06

ジャズの演奏会での指導者の暴行について

Category: 未分類
トランペット奏者の日野皓正氏が指導している子どもたちのジャズの演奏会で、演奏中に調子に乗りすぎて暴走し妨害レベルになった中学生にビンタの暴力振るった件、動画もでまわっていますね。
→(こちら)。

いろいろ象徴している気がします。この中学生は夢中になると周りが見えなくなり過去にも同様のことが度々繰り返されていたのでしょうか?であれば、期待する行動(時間なども含めて)明確に伝え、その意味合いをつたえ、守れるようにキューをだすなどの手助けもし、もし守れなかった場合の対処も決めておいて(警告しても聞き入れられなければ、速やかに拘束してタイムアウトをとるなど)、その対処を淡々とするべきだったんじゃないかとおもいます。

その場を守るためとは言え、暴力に至ってしまったというのは日野氏自身、過去にきっとそのような指導をうけてきた歴史があったのではないでしょうか。正当防衛などの例外はあれど、暴力というコミュニケーション手段はいかなる場合でも許されない、結局自分が損をするというのを大人が伝えないと子どもがそういうコミュニケーション方法を誤学習して連鎖してしますから。 明日は今日より少しでもマシな世界に。

Comment:0  Trackback:0
2017
08.26

総合安心センターはるかぜ

Category: 未分類
平成29年8月25日に、北信中野の、社会福祉法人高水福祉会、総合安心センターはるかぜさんに見学に行きましたので、そのレポートです。 中信圏域でも危機介入の仕組みとPDCAサイクルを回しつつ関われる人や場をどう増やしていくかを考えていきましょう。  

********************* 
 北信病院に発達障害の研修で行く機会があったので、中野市の高水福祉会の「総合安心センターはるかぜ」さんを見学させていただき、代表の野口さんにお話をうかがいました。 

 「総合安心センターはるかぜ」は入所施設なども運営する社会福祉法人の内部留保を切り崩し、スタッフも地域展開して、家族や理事会や近隣の市町村行政との折衝を続け施設を解体しながら大胆に始め、地域に暮らす100名の登録者を18人のスタッフで365日、24時間支える仕組みをつくったそうです。

  登録者には在宅の知的障害、発達障害(自閉症)の方が多いが、統合失調症など精神疾患の方、身体障害の方もいます。制度としては18歳以上のハイリスクな方を登録して地域定着支援を利用しているそうですが、独自事業で地域ニーズに応えるべく私的契約もおこなっているそうです。 
もちろん生活支援には他の地域のサービス(生活介護、就労など・・)も利用して生活を支えています。その中で、緊急時の受け入れ、対応、入院や施設入所していた方への体験の場も提供が、はるかぜの役割とのことです。

 はるかぜでは消防署や医療福祉の入所施設のような交代勤務で、常にスタッフが交代で詰めており、何もなければ何もないでおわるそうです。

 サービス調整会議、モニタリング会議で起こりうるクライシスに対してクライシスプランを作成しておくことが一番大事で、特に、何が緊急事態のスタートなのかケースごとに決め、誰がどのように対応するか予め決めておき、すべての職員が顔合わせしておくそうです。そして 緊急のコールはコーディネーターに連絡ががあり登録書に従って判断し、スタッフを緊急派遣する仕組みになっています。

 被支援者が緊急コールするのはイライラや不安でたまらなかったり、粗暴行為が出たり、体調不良などのときが多いそうです。精神科訪問看護と同様ですね。
 そして、地域定着で解決に至らない時は、常に2部屋空けている短期入所施設内の部屋に緊急短期入所で一次避難、そして48時間以内に今後の支援対策会議を開催し登録書を見直して改訂し、共有をおこい、支援体制など予防的な介入を強化するそうです。

 昨年は年間100件の駆けつけ、60件の緊急ショートの利用があったそうですが、安心でき、地域の対応能力が上がることで緊急派遣も緊急ショートも減っているそうです。
 このスピード感が鍵で、不必要な入院や入所を防ぎ、長期の入院や入所になってしなった方も再度、地域で暮らしも選択できるようになるとのことでした

  実は施設などの個別性のない状況が強度行動障害を助長している面もあり、地域で個別性をもった生活を保証することで入所者を減らすことができ、画一的生活の緩和と個別化が充実できるそうです。
 施設でなければ部屋にモノを溜め込むのも、火と匂いさえ出さなければ、自由でいい、一人暮らしか、相性のいい人とシェアしてすむのがいい人はそうすればいい。 そこにそっと見守りと支えをいれていく。 そうして逆に入所施設の利用者がへると、本当に必要な人に施設入所も選択肢になりうるとのことでした。

 制度に乗れない人(例えば若年者)や他の事業所のGHとして私的契約もおこなっていて、同様に登録して利用できるようにすることで隙間をうめているそうです。
 利用者をよく知る支援者が通訳的な立場となりノウハウの移転など様々な可能性があるだろう。個別性が強い障害者をあらかじめ登録書とプラン、バックアップ体制をしっかり作ることで初心者のスタッフでも対応できるようにし、研修などでスキルをアップしていくことで人を育てているとのことでした。
 こういった活動をつづけ地域の日中活動の事業所や余暇活動支援、短期入所、行動援護の事業所が増え、365日24時間の対応ができるようになると緊急対応はへるとのことで、望まぬ施設入所の人の増減をメルクマールとして活動しているとのことでした。

  高齢者でも365日、24時間対応の小規模多機能事業所や、定期巡回、随時対応型訪問介護看護やなど面で支える仕組みもできてきています。(オランダのビュートゾルフなどもモデル)。また精神障害の分野でいえば医療の関わりがもう少しあればほぼACTモデル(Assertive Community Therapy)と同一のコンセプトだとおもいます。
 ただ、精神疾患以上に自閉症や知的障害に関しては医療は理解も支援も大きく遅れており、むしろ医療の出番は少なく密な生活支援以外に手立てがないということでしょう。 

 逆に健康管理や身体合併症、アセスメントなどで医療がバックアップで協働できればさらに多様なニーズに応えられる最強のモデルになるだろうと思います。
  報酬や人件費など経営的な数字のことなどもお聞きしたが、お願いして行政からの補助金など入れているものの、事業としてはまだ赤字であり、母体の入所施設等ももつ社会福祉法人のバックアップがあるからできるという側面もあるようです。
  中信地域では、内部留保を切り崩しての地域支援に本気を出してくれる社会福祉法人でてこなければ、同じような形は難しいかもしれません。 それでも情報共有の体制をつくりホームヘルプサービスや行動援護を増やして日中活動や短期入所の事業所と協働していくことで関われる人や場を増やしていったり、ケースごとにクライシスプランをつくり、さしあたって48時間以内の出口会議をする上で、緊急入所を医療が担う(担えるか?)というあたりからははじめていけそうだと思いました。


harukazeheya 

 緊急ショート用の極力シンプルな部屋。 緊急の利用時には隔離はせずスタッフがマンツーマンでつくことも多いという。



Comment:0  Trackback:0
2017
08.13

商品化してはいけないもの

Category: 未分類

きょうされん声明「A型事業所の閉鎖に伴う障害のある人の大量解雇問題を受けて


障害者支援の分野は医療や教育と同じく、社会共通資本であり、商品化してはいけない分野だと思う。


 ニーズがあるからとずっと手弁当でやってきた思いのある事業所などが行政と協働して開拓して制度化しても、今度は営利で商売にしようとするところが参入してハイエナのように荒らしていく。質の担保のために管理や規制が厳しくなり、そのコストがかさむ。いたちごっこである。

 医療でもそうだが、ビジネスでやっているところは、本当に大変な困っている人に限って、自分たちに何ができるかということも考えもせず、あっさりと排除するからわかる。

 今、何もできないというのなら、せめて一緒に声をあげてくれたりすればいいのだが、次の商売のタネ探しに忙しいのだろう。


 現在の現物給付、事業所への補助金などから支援者も含めだれもが食い詰めないように現金給付(ベーシックインカムと障害加算)に、権利擁護、行使のサポートをセットにして個人に給付する(今は市町村の認定という意味で半々くらい?)制度にシフトしてくべきなのだろうと思う。

 そのためには障害があり通常ではないサポートが必要な方にはなおさら、早くから意思決定の支援、声をあげるスキルというのが必要だ。


 そして、それを突き詰めていけば、それが仕事となる可能性があるともいえる。言葉や理屈を使うのが苦手ならばばアートや表現の世界に、言葉や理屈が使うのが得意ならば、学問の世界、ソーシャルワーカー、政治家などにも向いていると思う。

 

 明日は今日より少しでもマシな世界に。

 



Comment:0  Trackback:0
2017
07.19

PRT 〈Pivotal Response Treatmentの理論と実践〉: 発達障がい児のための新しいABA療育

Category: 未分類

ペアレントトレーニングなどのもとになる考え方であるABA(Applied Behavior Analysis:応用行動分析)の新たな流れであるPRT(Pivotal Response Treatment)について詳しく解説した本。プラクティカルでとても面白かったし具体的なヒントも多い本であった。


日本でASD児へのABAの中でも先鋭的なフリーオペラント形式の療育を行ってきた著者たちが、本家筋のほぼ同じコンセプトの実践であるPRTを紹介するために翻訳した本である。指導には優先順位があり、機軸となる領域(ピボタル領域)があるのではないかという膨大な観察と科学的研究に基づく実践報告と具体的な介入方法が記されている。入院病棟やプレイルームで専門職が絵カードなどを用いた訓練は高頻度に行っても残念ながら投入する労力の割に汎化に乏しく効果が薄いことも多い。PRTでは極端な構造化などの環境設定はほとんど行わなず雑多なもののある日常生活にあるものを利用して”楽しく”、親や保育士、教師、時には同級生などと介入方法を統一して関わる。効果測定をして修正する。モデルとなる模倣対象の多い統合教育をなるべく推進する。注目すべきピボタル領域は、モチベーション、ついで積極的自発性だという。


モチベーションを引き出す方法に関しては①自分で選択、②日常生活内の強化子、③試みる行動を強化する、④維持課題と獲得課題の混ぜ合わせ、⑤課題の多様性 のパッケージで。積極性自発性に関しては質問行動への支援をおこなう。

随時、定型発達との比較、迷信と真実に分けて記載されていてわかりやすい。

その他、問題行動への対処や家族関係の改善、親のストレスの軽減、日常生活での介入とアセスメント、データー集収なども別に章を設けて記載されている。特に親との関係や親のストレスに関しては、家族全体を良い状態にすることも非常に大切であり、ASD児への親の関与が極めて有効に働くのは、親なればこそのエネルギーが秘密兵器として作用しているからということ。親へのフィードバック、情報共有のあり方も具体的で、親にストレスがあるときの子どもたちの積極的なお手伝いは、非常に大きな変化をもたらすなどの記載は秀逸で参考になった。


また、あとがきで役者が自説(くすぐりや逆模倣のアイディアなど)や文化背景の違いなどを考慮した突っ込みをいれまくっていたのが面白かった。

やみくもに介入するのではなく常にレバレッジポイントを意識してシステムズアプローチを行うというのは自分の追求していることでもある。ABAにはアイディア勝負な部分、知的パズルのような側面もあり知的にも面白い。異端のセラピスト奥田健次氏のABAもPRTの流れなのだろうが、施設に通所しての療育やリハビリよりも今後は家庭や学校現場などの生活の場へセラピストが訪問しての療育支援が圧倒的に有効だろうし今後主流になってくるのではないか。

明日を今日より少しでもマシな世界に。




Comment:0  Trackback:0
2017
07.19

子育てにかかわる全ての方へ

Category: 未分類
医学書院「総合診療」誌 2017年9月号(特集◆うつより多い「不安」の診方)の「乳幼児健診で発達に問題があるかもしれないと言われて、わたしの育児のやり方が間違っているのではないか、とても心配です」の家庭医と若い母親のやり取りに対する誌上メンタリングの原稿(案)です。 オープンダイアログ、ビレッジアプローチなどの考えを入れています。
①ひとりでしない、ひとりにしない
 受ける側にも余裕が必要ですが、まず相談してくれたお母さんの訴えに真摯に耳を傾け、共感しているところから入っているのはいいですね。助けを求め相談しつつ解決していく力が、こころの健康のために一番大切なことです。この力を身につけるためには相談してよかったという体験を重ねてもらうことが大切で、相談を受けた側もまた「出来ることは助ける、出来ないことは相談する」ということが必要です。支援者の姿は親に、親の姿は子どもにも伝わります。
②ソーシャルサポートの有無と親の病的な不安にも注意
 「子育て、大丈夫かな?」と心配されても、子育てはまだまだ母親任せで、情報的、心理的、実際的なサポートの体制は地域によってまちまちです。継続的に関わり、親子へのサポートの状況を確認して手助けを増やし、余裕と安心感がもてれば不安は軽減していくはずです。それでも不安が強まるようなら病的な不安だったり、他の問題をかかえていたりすることもありますので精神科医もチームに加えてみてください。
③育てにくさに寄り添う子育て支援を
 子どもの育ちは十人十色で多様なもので、本来、多数派か少数派かの違いはあっても正常、異常の区別はありません。ただ感覚過敏などのために情報が多すぎて混乱しやすい子、行動制御に困難を抱えている子、育つペースがゆっくりの子もいます。できるだけ叱らないで、おだやかに言って聞かせる、忍耐強い子育てが大切です。周囲が通常の子育ての方法やペース、環境にこだわると、子どもは苦痛や不安をかかえ、混乱した状態のまま放置されることになります。一般の子育てでも使える構造化やペアトレの方法をアドバイスし、必要なら詳しいアセスメントや支援を得られるよう専門家の助けを求めてみてください。
④社会みんなで育てる
 社会の中で他者の助けをかりつつ生きる力をつけるのを目指すのはどの子であっても同じです。発達の特性は成人になっても残り、福祉的支援が必要になることもありますが、個性や能力として社会の中で上手く活かせることもありますし、困難さに関しても合理的配慮が得られる社会に変わってきています。目先の症状にこだわるよりも二次的な問題を予防することの方が大切です。親がその子をありのままにみて、その子なりの発達をとげられるように、いろんな力を借りながら出来ることで応援していただければと思います。
明日を今日より少しでもマシな世界に。

Comment:0  Trackback:0
back-to-top