FC2ブログ
--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2018
08.25

生涯サポート手帳、ベーシックインカム、25%の障害者雇用率の実現を

Category: 未分類
【困っていることのアセスメントは不可能】
安倍政権になり障害年金は全国一律で審査が行われるようになった2年前から突然審査が明らかに厳しくなりました(長野県の場合)。誰がどのように審査しているのかブラックボックスのなままで、あのいい加減な様式の書類のチェックではねられるようです。運にも左右され方の下の平等にも反します。全く現実に即していません。

知的障害をともなわない発達障害には特に厳しく、二次障害の病名がありボロボロになった状態でないとまず受給できません。二次障害にならないための制度なのに。以前は受給できていたような申立書、診断書で却下されることが相次いでいます。

無理に無理を重ねて、やっとやっとでも働いているとはねられます。何度も就職でうまくいかないことを繰り返しやっと支援をうけながらやっていこうと思った人が受給できず「社会に見放されたような気分だ。死ねということか。」といいます。また以前はまず受給できていた療育手帳(B2)をもっている軽度知的障害も受給できないことが出てきました。これでは青年期に必要な親からの自立ができません。
そもそも見える障害、見えない障害がありますから、いくらアセスメントツールをつくっても、その人が本当はどのくらい困っているかどうかなんて、他人に判定することなどは難しいことなのだと思います。

【対話のない障害雇用制度は無意味】
そこにあの行政機関の障害者雇用制度の意図的な無視、実績水増しです。みんなで決めたルールを行政機関が率先して違反してきたなんてありえません。

「配慮なく、フルタイムでは、生きていくだけ、とても働けない。年金を支給しないならしないでいいよ、それならちゃんと働けるようにしてくれよ。死ねということか。」という声が溢れています。

障害年金や生活保護などの生存保証も水際ではねのける。就労支援も行政の不正。もう障害年金制度も障害者雇用制度も限界を超えていると思います。年金は社会保障などではなく悪質な金融詐欺商品にすぎません。丁寧な対話にもとづく合理的配慮のない障害者雇用制度はアリバイです。障害者雇用に関しても手帳のあるなしを確認して算定するだけではなく、特性の活用や合理的配慮に関する細やかな対話がなされないと意味をなしません。

【まずは公的機関の25%の障害者雇用率の達成とベーシックインカムの実現を】
助けをもとめては拒絶され、弱りきってしまった人は無力感を感じることを繰り返し、あきらめ声を上げることすらできなくなります。弱者の間でのヒエラルキーをつくり、あいつよりマシということを思わせて争わせる。声を上げることができない弱者に牙をむく、いまのこの国の体制では人を追い詰め殺します。それは今弱い立場に置かれているひとだけではなく、たまたま安全な場所にいる(勘違いしているだけで何かあればあっというまに転落します)人たちにも次々と牙を剥くでしょう。
もはや個別にテクニカルな事を追求するのではなく(そうやって個々人が生き延びることも必要ですが)、おかしなことはおかしいと社会問題化して広く市民で司法、政治の場で訴え改善していく必要があります。
この大いなる欺瞞を見抜いて声を上げましょう。具体的には行政機関は25%を義務化。そしてベーシックインカムの実現をしましょう。もっといえば生まれたときにみんな障害者手帳をもって生まれ、必要なくなったと思った時点でかえしていくような仕組みにすればいいかなと思います。そして年をとってきたらまた取得する・・・。生涯サポート手帳みたいな・・。

違う景色になると思います。

スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2018
08.15

教員向けブラッシュアップ研修

Category: 未分類
2018年8月10日に、地元の松本市の教育委員会からお声がかかり、特別支援教育コーディネーターの先生方を中心としたブラッシュアップ研修会でお話しさせていただきました。

ブラッシュアップ


夏休みのお盆前の時期で動員などはなく、皆さん希望しての参加だそうです。
午前中は事例検討をみっちり(参加したかったけど外来があって参加できず)。午後は講演でした。
やる気のある先生と一部行政の保健師、保育士さんも参加されており、プレッシャーも半端なかったですが、いい雰囲気の中で日々感じていることやおすすめの方法をお話させていただくことができました。

講演の前後で聞かせていただきましたが、発達障害へのイメージがネガティブなものからすこしでもポジティブなものに変わり、日々、楽しく仕事ができるようになればと思います。

学校という現場だけにいると、意外と地域にあるインフォーマルな支援の情報や、その後の経過などのフィードバックがかかりにくいので、そのあたりをお伝えしたかったのと、明日からすぐに使える具体的な手立てを示せればということで、おめめどう®さんのものをはじめとしたグッズ類もいろいろ持っていきました。

一番お伝えしたかったのはジャッジメントではなくアセスメントするには知識と余裕が必要ということ。
少数派の発達障害の子どもたちは、本人の体験や感情を取り上げられず、好きや得意を大事にされず、ダメ出しばかりしてとう体験になりがちです。筆談や選択肢を示すなど本人とわかり会える形で尋ね、伝えればきちんと表出してくれることをコミュメモの実例をあげてお話しました。

本人も教師も親も、支援者もわからないことはわからない、困ったことは困ったと言える環境が大事で、職種、職域の枠にとらわれないチームで関わることが大事ですね。
支援に当たる側も、まずは趣味や余暇活動、プライベートが第一、そしてできれば仕事の中での感動や楽しみを大事にしましょう。

質疑応答では医療とどうつながって関わればいいかわからないといういつもの質問であり、子どもの困りごと、そして現場の困り感を一緒に悩める医療でありたいと思いました。
企画の先生方のチームもいい感じで、アフタートークも盛り上がりました。
Comment:0  Trackback:0
2018
07.31

多職種ごちゃまぜ研修会

Category: 未分類
地域医療やIPE(多職種連携教育)領域では有名な宮崎大の吉村先生を招いての多職種ごちゃ混ぜ研修会に参加してきました。

ごちゃまぜ1


保健医療福祉のいろんな職種、職域の学生からベテランまで参加がありました。

講演を聞きましたが、吉村先生は岐阜県揖斐での診療所時代から地域に巻き込まれ巻き込んで、また学生や研修医を巻き込んでの実践がすごいですね。在宅置き去り研修やむちゃぶりなど楽しそうです・・。
自分ももう少し活動をひろげつつ、いろんな職種の学生なども巻き込んで当事者主体の支える医療、地域づくり、多職種協働の楽しさ伝えたいなあと思いました。

多職種連携は今ではどこでも言われるようになって、上から降りてきて行政などが仕切ったグループワークなども入った研修も増えています。しかしさすがに研修会のやり方やファシリテートの細かな工夫がすごく盛り上がりました。
よく構造化されており、テンポもよく仕込みのファシリテーターなしでも、わかりやすく気持ちよくグループワークを進行することができました。

グループワークではうちの班はアイスブレイクの輪っか作りゲームでも優勝。ロールプレイでもそれぞれの役になりきるなどチームワークが抜群に良かったと思います。

ごちゃまぜ2


せっかく何らかの予算で人を集めて研修などを開催してもまだまだ単一職種、職域のものや外部講師を招いての講演会、せいぜいパネルディスカッションくらいで止まっていることが多くもったいないなと思うことが多いです。

児童発達分野でも教育、医療、福祉、行政をまたいで是非こういう形の研修を開催したいなあと思います。

以下は講演、グループワークの工夫に関してのメモです。

(レクチャー開始時)
・最初に参加動機(望んで、なんとなく、動員されて)を聞く。
・やる気、テンションを親指で示す。Sumup(100%)Sumdown(0%)
(休憩→グループワーク)
・一番若い(と思われる人)が司会。右回りに話す。
・職種と簡単な自己紹介のあとニックネーム。名札の裏に書いて回す。
(アイスブレイク) 新聞紙とスティックのり2本、ハサミ2本
・作戦会議後、2分で輪っかをつくってできるだけ多くつなげたチームの勝ち。手を上げた状態からスタート。優勝チームに何が良かったか聞く。
・2回戦は再度作戦会議後、今度は始まったら話してはダメ。アイコンタクト等でコミュニケーション。
(ロールプレイ)
・グループワークは役割は民主的な方法(じゃんけん、あみだ、くじ)で決定。自分の職種以外で。
・シナリオ、設定にそってロールプレイ。アドリブどんどん(ケア会議)。
・感想をインタビュー(アイスブレイクの優勝チームのみ)
・感想を模造紙に書いて読み合う。
(休憩→レクチャー)
・学生さんに感想を聞く
・握手、ハグ、ハイタッチのどれかでグループ解散


Comment:0  Trackback:0
2018
07.16

日医”医師は過労死ラインを超えて働き、地域医療を守れ”

Category: 未分類
過労死ラインが上限なら「救える患者も救えない」 - 日医、医師の働き方改革に関する意見書を公表(CBニュース)


“日本医師会(日医)は11日、医師の働き方について「自己研さんの在り方」や「宿日直の在り方」など重点分野12項目を盛り込んだ意見書を公表した。重点項目の一つの「時間外労働時間」の上限を設定する「医師の特別条項」を提言。松本吉郎常任理事は同日の定例記者会見で、長時間労働をする医師が多い実態を踏まえて、特別条項で設定する上限を「過労死ライン」で設定すると、医師不足などで地域医療が崩壊する危険性もあり、「命を救える患者さんも救えない状況になる」と指摘。「医師の特別条項」の上限を超えることも「特例」として認めるべきだとの認識を示した。”

主に開業医からなる団体である日本医師会によると医師は過労死で死んでも良い、あるいは過労死ラインを超えても過労死しないスーパーマン以外は医師になるなと言うことのようです。ふざけるな💢
この政策で犠牲になる過酷な病院医療の最前線にいる医師がほとんど入っていない団体が、自分たちは安全な場所にいて、医師の代表面して、こう言う主張をしていることに本当に腹が立つのです。この松本吉郎常任理事は医師になり8年で開業した皮膚科の開業医だといいますが、「当事者抜きに当事者の事を決めるな」ですよ。
日本医師会やその幹部連中は一体だれのために仕事をしているのでしょう?なぜ、こんなしょぼい提言しかできないのでしょうか?

自分は子どもを授かった後、患者を人質にとられた状態で、自分か家族か患者が死ぬかという状態に追い込まれた末、病院医療の第一線から逃げ出しました。10数年はくらいは全科当直も続け、消灯時間までは病棟に張り付き、休みも少しで頑張りましたが、ケア責任も生まれ、加齢による体力低下もあり頑張れるのは一時的なのだと悟りました。
日本医師会のこの主張が医師の総意とは思えませんし、スーパーマンや個人の頑張りに頼る医療ではサステイナブルではないし、その結果として医療がなくなってしまっては医師も市民も幸せにしないとおもいます。

ちなみに日本医師会は医師全入の職能団体と思われがちですが、病院勤務の若手の医師はほとんど医師会員ではなく、開業医や病院経営陣、病院幹部クラスになって入る人が多い開業医主体の団体です(企業における経団連に近い)。今回のその主張は経団連が主張し与党が強行採決した「働き方改革、高プロ制度」とそっくりですね。
国民を守るはずの法律を(権力者が)守れないなら法律の方を変えて現実に合わせてしまえと言う現政権のスタンスに沿ったものです。

賠償保険と抱き合わせで若い勤務医の医師会への入会を勧めているけど、若い医師はこんな事を主張する団体に入りたいと思うかなあ?大事なのは今だけ金だけ自分だけでだれも幸せにならない、こんなことを主張しているような日本医師会は先がないんじゃないかなと思います。

一方の地区医師会は日本医師会の下部組織ですが、こっちは隣組みたいな行政からの情報伝達や下請け、親睦、互助組織みたいな感じのところが多いように思います。職業ギルドというよりは役所や上部組織の伝達機関かつ、一方で日本医師会の役員の選出機関となっていることに問題があるのではないでしょうか。

医師が仕事をしていく上で関わる団体には診療科ごとの医局、それぞれの科の学会、医師会などの諸団体がありますが、最終的には患者さんのために独立した立場で関われるのが医師だとおもいます。
なんだか医師を取り巻く状況も、なんだかおかしなことになってきているように思います。

皆さん、どう思われますか?

「過労死ライン超えて働け」という日本医師会に対して現場から「お前が働け」の声多数


Comment:0  Trackback:0
2018
07.01

おめめどう®ハルさんの講演会

Category: 未分類
2週間前にも”ワイドビューしなの”にのった気がしますが・・。

また始発の”しなの”と名鉄を乗り継いで約3時間、名古屋の南、知多半島の東海市、太田川まで行ってきました。
ダダくんのお母さんでおめめどう®を起業したハルヤンネ(奥平綾子)さんの講演を聞きに行くためです。畑や住宅地に囲まれた太田川は駅の周囲だけ妙に未来的で遠くには日本福祉大学の校舎ビルも見えます。

日福2018


Facebookなどではやり取りがあったものの、ハルヤンネ(奥平綾子)さんとリアルでお会いするのははじめてです。
セミナーは午前2時間(幼児期〜学童期)、午後2時間(思春期とQ&A)、パワフルでテンポのよい関西弁でしゃべくりどおしでした。グッズをつくるために株式会社として起業して商売にしたら、自閉症協会や育成会などの大手の団体、学術団体からはすっかり講演などには呼んでもらえなくなったそうです。それでも、いいと思ってくれる親の会や特別支援学校などの依頼をうけて全国を飛んでまわっているそうです。

今回のセミナーを主催した東海市の発達の気になる子どもをもつ母親の為の勉強会サークル”いえいく会”
パワフルな親の会で、自主独立な感じが独立独歩のハルさんのスタンスとぴったりあっているのか、講演会は今回で4回目とのこと。今回は信州から無理をいって参加させていただきました。



おめめどうのメソッド、哲学

おめめどうのメソッドは、ハルさんの自閉症のある息子さんのダダくん(通称レイルマン)のためにABAやTEACCHなど様々な療育などをやったり様々なお師匠さんについて勉強したり、思春期にはいってしくじったりしてきた経験から紡がれました。TEACCHなどのコンセプトも見事に取り込んで昇華しています。
日本でTEACCH が今ひとつ広まらず誤解されているのは、人権や本人が選ぶというのは彼の国では当然過ぎることで翻訳すらされなかったからとうこともあるのではとのこと。起業してから独自路線で突き進み、大きな団体や学会などのと袂を分かち、試行錯誤を重ねて今の方式にたどり着いたそうで、やっとその良さが認められてきていてボトムアップでじわじわと広がってきているようです。

意思決定支援と合理的配慮ということはやっと本日の障害者支援において重要と理解されるようになってきましたが、それを自閉症でどう継続的に保証するかというところがおめめどうの真骨頂です。その方法論としても、哲学としてもある意味完成の域に達している感じもうけました。
特に「人権尊重」や「年齢相応の対応」、「選択活動」、「母子分離」については繰り返し強調し、やりやすくしないと日本人には伝わらないというとミソで、市販もしている安価なアナログツールをつかって、人や場所や活動によらずに共通した支援が自然に継続できるように工夫されています。
個人的にはASDの支援で本田先生や福岡先生、その他の方法論にかけていたピースがピタッとはまったように感じました。

以下、講演のごく一部のエッセンスをまとめてご紹介しますね。

おめめ講演

幼少期〜学童期はまあるい目で手をかけて

 幼少期は子どもと十分に付き合うと後々が楽になるといいます。これは佐々木正美先生も主張されていたことですね。ポイントは言って聞かせる子育てではなく、見せて伝える子育てです。でも大抵の人はそういう育てられ方はしてきていないからここは学ばないとわかりません。・・。そしてマイノリティの子育てになるので仲間づくりも重要です。
 視覚的、具体的、肯定的な表現で、コミュニケーションを図り、幼児期から分かる情報を少しずつため、AAC(拡大代替コミュニケーション)のコミュメモのフォーマットに情報を載せていきます。コミュニケーションは親が媒介せず直接対峙でというのは、特に思春期以降に重要になってきます(後述)。絵カードなどでのコミュニケーションができるようになったら、文字との併記、次は筆談、それを経てはじめて音声言語を中心にしたコミュニケーションへの移行を考えますが、何故か筆談を飛ばしてしまう人が多いと言っていました。
そうやってお嫁道具(スケジュールやコミュメモなど)をつくり、学校に伝えていくことができると黄金学童がまっています。

 そして特に大事なのは選択活動です。本人が選んでいる、こだわっているように見えても、まわりが選択肢を示すことなく、あなたはこれが好きだからとあてがいつづけたための同一性保持になっていることが現実には多いといいます。選択肢を示さないと、何を選んでいいのかも見えず、そもそも選んでいいということも彼らには思いもよらないことだったりするのです。とはいえ選択肢を示すと言っても嫌いなものばかりを提示したり、力関係を影響させたり誘導したりしないように注意は必要です。そうやって選択ができて初めて思考がはじまります。さらに選んだ後の後始末まで邪魔せず、葛藤を取り上げないことが大事で、そのことで身の振り方を判断できるようになります。

 また時間を読み取るのが苦手な自閉症児のために、時間の見える化をスケジュールで必ずおこないます。スケジュール、カレンダーの使用が、こころを支える基礎工事となります。ここでも脳に優しくわかりやすい巻カレンダー見通しメモなどのスケジューリングツールを挟んで徐々にやり取りにしていきます。こういった見える形でのコミュニケーションは有効なのではなく絶対に必要なものです。そしてそれを継続していくためには自作ではなく、市販のものを使うのがいいのだと強調されていました。特にこのことは後の母子分離にとっても重要になりますね。

子育てをやめる子育てをおこなう思春期以降

 それまではボトムアップだったのを、小学校高学年以上はトップダウンに切り替え、今持っている力で自助具をつかいながらQOLをあげていくという考え方にしていきます。そして、そのころから特に時間軸予算軸を意識してつくっていきます。自分で考える時間軸(スケジュール)と予算軸(お小遣い制)がないと、ご褒美もペナルティもわかりません。そして迎える13〜19のティーンの時期。思春期は二次性徴に伴い、カラダと心が変化する時期で、知能、障害の有無に限らずやってくるといいます。この時期には子育てをやめる子育てをすることが大事で、大事なのは母子分離です。自室をつくり、落ち着かないときも自分でカームダウンエリア(押し入れなど)でカームダウンできるようにしていきます。小4で風呂には一緒に入らないことからはじめ、徐々に離れ中1で別室で寝るくらいを目標にし、プライドとプライバシーを尊重し、年齢相応に扱うようにすることが必要です。パーソナルスペースを守る、ベタベタ触ってほしくなければ触らないなどのことは、してほしいようにまずはこちらがするのがポイントです。しかし母親はずっと代弁する形での子育てをしてきたので、コミュニケーション障害の自閉症の母子分離は圧倒的に難しいとのこと。お互いの脳みそが同化しやすいので、エスパーにならないように注意しましょう。何でもわかってしまいますがたとえ親子であっても違う人間ということに気づいてもらわなければなりません。特に言われてもいないのに先回りして手を出すと、それがない時に人のせいになりますので、見ざる、聞かざる、言わざるで言うてくるまで待つのが大事です。そして親が仲介せずに、コミュメモなどを使いつつ社会と直接対峙させるようにしましょう。それが社会性を育てます・・。
安定した成人期を送っている予後の良い人は、自分の裁量で自分の時間を過ごせる余暇活動、そして感謝される役割を持っているそうです・・。

これでもごくごく一部ですが、全体を通じて感じたのはなにより本人を中心とした人権をベースとした思想が根底にあるということ、そしてロジカルでプラクティカルで、いわばユマニチュードの自閉症版みたいな感じを受けました。
やっと求めていたものを見つけたという感じがします。

さらにくわしく知りたい方はおめめどうさんの冊子や、ブログ、講演。本、有料メルマガ、フェイスブックなどを参照してくださいね。

自閉症支援は医療や教育、親団体の偉い人たちが中心のトップダウンの方式ではなかなか変わりませんし、医療、教育、福祉、家族がバラバラに動いていて実際あまりうまくいっていないように思います。ハルさん的には親が学んで市販のツールを使いながら人や場所や活動が変わっても同じ支援を継続していく方法が現実的には良いのではと主張していました。
確かに、コミュメモをはじめとしたおめめどうのツールは適応はかなり広く使えますし、副作用もありません。
まず始めてみて、続けてみという形でやってみればいいし、多くのケースで実際、楽になるのを実感できるかと思います。

(COIはありません(^_^;))。

最近、おめめどうの回し者を自認する同僚と二人であちこちで紹介していますが、松本や安曇野あたりでも徐々にブレイクしはじめていると聞きました。
このままこれを文化にしていくために来年あたりにハルさんを松本〜安曇野あたりで呼べればなと思っています。
有料のほうが参加者も真剣さが違うとのことですししっかりお代を頂いて(今回は非会員は2500円でした)、せっかくなので親子あるラボを母体に教育、福祉、医療、家族をまたいでの実行委員会方式がいいなかなぁ。

今から一緒に動いてくれる人募集します〜。



Comment:0  Trackback:0
2018
06.24

プライマリ・ケア連合学会in三重へ参加

Category: 未分類
6月16-17日と三重県津市で開かれたプライマリケア連合学会に行ってきました。

三重


総合診療学会、家庭医療学会のときに1度ずつ参加、その後プライマリ・ケア連合学会になってから札幌での大会以来の参加です。
学会員ではないのですが初期研修の同期(学生の時の佐渡ヶ島での社会医学セミナー以来の付き合い)の洪英在先生が企画したシンポジウム「大人になった障害者たちのケア 〜プライマリケアの出番ですよー」に登壇させていただきました。医療的ケア児と知的障害の健康管理の話に続いて、自分は「知的発達障害の移行期の現状と課題」というテーマでしたが、時間が20分と短かったので一気にしゃべくったので疲れましたが、伝えたいことは言えたかなと思います。
後半のディスカッションはプライマリケア医に対して不登校支援や学習支援、トランジション研究やっている人たちがメッセージを伝える場になっていました。
プライマリケアへの期待が大きいということでしょうか。地域に根ざした医療を行うには、さまざまな地域のフォーマル、インフォーマルなリソースとのコミュニケーションをとりながら繋げて支える仕組みづくりも必要です。
五十嵐先生の言う風邪っぴきの医者には、家族まるごとや、支援を受けることに支援が必要な精神障害の方々にさまざまな支援、ケア、医療に届けられるきっかけとなる可能性がありますが、ユースワーク、ユースメンタルヘルス、障害の医療にもまだまだ課題はありまくりだなあと思いました。

お願い

佐久病院の同期や先輩、後輩、大町病院の先生方、大学の後輩などたくさんの知人にも合うことができました。
精神神経学会より知り合い多いやろ・・。障害分野のプライマリケアはまだまだ医療過疎地です。
自分も分野としてはこっち側の人なのかなと再認識。


学会の印象として

•アカデミック色はあまり濃くない。基礎医学の研究は皆無。社会学っぽいのは多い。

•総合診療、家庭医療、地域医療は大学内では力を持ちにくいからか?
•いろいろな試行的な試みが多い。
•QRコードでの資料配布も結構あった。
•ラフな格好の人、子ども連れも多い。
•若い人も多い。高齢医師も多い。開業医か?
•カフェや参加型のミニイベントなどがありクリニックや小病院で働く若い医師が全国に仲間づくりができる。
•多職種をうたってはいるが基本的には医師が多い学会。あとは認定の研修のため一部薬剤師くらいのよう。
•発表のタイトルも新書のタイトルみたいに自由なものが多い。
•発表は現場に即した臨床研究、地域研究、教育、実践報告など、さまざま。
•ちょっと取り入れたいと思うようなアイデアや小ネタを集められる
•疑問に思ったことを小規模な前向き調査、後ろ向き調査、横断研究、介入研究などか多い。
•研究のやり方を指南するセッションもあり、大学などの使えない人のために学会で倫理委員会も持っている。ちょっとやってみようかと思わせる。
•知り合いにたくさん合う。精神神経学会に行くよりよほど合う。
•自分は救急外来に出ることもなくなり病棟もみなくなり、身体疾患はあまり見なくなったが疾患の症例報告などの発表は多くはないが、身体疾患の報告のポスターもまだ楽しめるレベルの知識や経験はある。特に高齢者医療の話題は十二分についていっている。
•プライマリケアケア医にアピールしたいいろんな団体の発表もあったりする。(学習障害支援、セクマイなど)
•運営会社(コンベンョンリンケージ)のスタッフの動きは良く気持ちいい。シャトルバスなどもキビキビ。さすが餅は餅屋。
•移動販売やテントの屋台村みたいなのが出ている(お金払って来てもらっているよう)
•企業展示などもクリニックなどで使える簡易検査機器、AI問診システムなどあり面白い。

学会として社会にいろいろ提言したりしている。
日本医学会や専門医機構、他の学会との関係で大変そうだが、認定医、専門医のプログラムとは別にしてもいろんな楽しみ方は出来そう。
現場、フィールドを持っている実践者が多く、無理くりな感じの研究のための研究があんまりないからかなあ。
オープン、フラット、シェアの雰囲気がある面白い学会でした。

SDH(健康の社会決定因子)のシンポジウムにも出ましたが、若手を中心に学会としてそこに取り組むというスタンスを明確に打ち出しているのはすごいなと思いました。SDH(健康の社会的決定要因)への取り組みを学会として宣言として出したのも素晴らしいですね。

SDHに関しては、もし社会的課題を発見してしまったら、
①第一線の現場で事例とチームで格闘してローカルな仕組みを作り上げるだけではなく、
②学術方面へは調査研究を通じた検証と実態調査エビデンスづくり(③、④のベースになります)
③政治方面へは政治活動(ロビイング)を通じたシステムづくり(政治参加にもいろんな方法があります)
④一般方面へはメディアなどを通じて啓発し文化づくり(当事者が語るということを大事にしています)
⑤仲間を増やし、後進を育てる。
とアプローチすることが大事かと。
これらがつながっていることが大事で、それぞれが得意なところでやればいいとおもいます。
結果としてそれがSDHへの上流へ迫ることになるのではないでしょうか?



Comment:0  Trackback:0
2018
06.24

当事者の側からの体験談

Category: 未分類
長野県の中信地区で就労支援業界で関わる人達の集まりに参加させていたいた。

IQ144(これも孤独で苦しい。高知能障害だと。MENSAは自助グループ。)、仕事も20種類やったがどれもうまく行かず、生活が崩壊し、解離で人格が分裂し、何度も死にそうになりながら苦労し、自分と世界を研究してきたASD当事者(自閉症哲学詩人。真城源哲氏)の話を聞く。
考え抜き、シミュにレーションを繰り返し練りに練られた話。ドナ・ウィリアム、ズディンプル・グランディン氏やニキ・リンコ氏、東田直樹氏らの上をいく逸材と思う。

スクリーン

”曰く、自閉スペクトラム症の診断基準(社会性、コミュニケーション、想像力の三つ組の障害のような診断基準は、意味がわからない。当事者の目線や感覚からは著しく乖離している。発達特性を的確にとらえ、言語化(発信)することは、専門家すらも、本人すらも困難な代物。

多数派とは異なる独自の感性とシステムによる世界(概念体型)がある。言語が獲得していない人はそもそも発信ができないし、言語が獲得している人でも一般の世界の概念体型では対象を認識して発信することは難しい。思考にどれだけの言語が使われているかの度合いに応じて、独自の感性の世界の上にヴェールが張られていく。結局、言語の獲得の有無に関わらず、当事者本人が自分の特性や世界を体系的にとらえて発信することは難しい。当事者も外からの知識や情報を言語で取り込むが、それでさらに混乱することもある。
周囲の情報が全部入ってきて認識されるが、その情報を言葉に置き換えるのを意識してやらなければならない。だから疲れる。

支援者には知識に依存せずにその人を細やかにみてほしい。

不安になって〜、思い通りにならないと〜、パニック・・。は外から目線。こころや感情は二次的なもの。
ほとんどすべての反応は感情とは別系統の脳の特性から来ているものであり、ちゃんと切り分けて考える。

特に上書き困難(切り替え困難)という脳の特性によるもの。いつもと違う流れが始まってもいつもの流れの映像が流れていて、重ね書き状態になってしまう。大混線して発火。パニックは脳内の大混線、ショート、発火あり、発火したときは水はかけない(治るまでエネルギーを吐き出させる)。電気をとめる(刺激の少ない環境に)、目を話さない(放置、孤独は寂しい。最低限が理想)、あとで配線の状況を改善する(こころへの寄り添いと肯定)。電車のポイントが切り替わらないようはもの。同じミスを繰り返すのも同様のメカニズム。ただし特性と連動する1.5次的感情作用はある。自己の尊厳を深く強く持っており、少数派としての現実の体験の厳しさから、被害、被抑圧意識をいだきやすく、その反作用として自己否定意識が強まる。

「肯定」とはなにか、ポジティブに返すこと?でもない。
「それが、そのまま、そこにあって、それでいいい」こと。ここから入ってほしい。
感情や攻撃性や自己否定意識が加速器のように作用、加速したもの。自己否定意識が強いほど、発達特性がより強いコントラストをもってより刺激的な様相で表現・表出されてしまう。
周囲に危害を加えるレベルになると周囲はどうしても否定からはいるが、悪循環になる。
よっぽど意識しないと特性が見えてこない。発達障害者の純粋な特性そのものは、本来何一つ是正、矯正されるべきものではない、その方が実は存在貢献が大きい。尊厳が肯定、尊重される環境こそが大切。

LGBTQの人も打ち明けていないけどたくさんいる。いったんは受け止めてやらせてあげる。いくところまでいっちゃうひとは限られている。どこかでバランスをとる。ずっと性別違和があり解離し、死にかけたが、大震災のあと、35才になって女装をして半年暮らしたが、誰にも何もいわれなかった・・。警察にも別に声もかけられなかった。何度も死にかけたが、それからものすごく自己肯定感が芽生えて、こうして楽しく生きている・。”
Comment:0  Trackback:0
2018
06.11

幼児の虐待死、無差別殺傷事件の報道に接して

Category: 未分類

先日、新幹線のぞみ車内で青年による無差別殺傷事件がありました。
容疑者が精神疾患(発達障害、アスペルガー症候群?)で入院歴があるとの報道があります。また5歳の幼児が、行政的、医療的支援からはずれ虐待死したという悲惨な事件の報道も続いています。これらに紙一重の事例は現場の支援者は日々経験されていることと思います。

殺人自体は減っていますが、自殺者は多いままですし、こういった事件はなくなることなく続いています。政府がやろうとしていることを見ると、強者の今だけ、金だけ、自分だけの政策で、ますます弱者に厳しくなってきているように思います。

虐待や発達障害と反社会的行為との関連は私自信、注目せざるを得ない分野です。最近のさまざまな事件の精神な鑑定には必ず発達特性と養育環境の双方の視点もはいるようになってきています。

少し古い本ですが、「非行と広汎性発達障害(藤川 洋子著、日本評論社)」などがわかりやすいと思います。発達特性と親子の関係から解きほぐしています。観念上の父殺しと自然死に近い形での母との別れが必要と説いています。

また、犯罪にいたる要因の研究ではリスク因子と保護因子の関係で説明するのが一般的かと思います。教育ジャーナリストの品川裕香さんの著作などに詳しいです。

発達障害はその育てにくさゆえに虐待のリスクにもなりますし、少数派ゆえに理解や支援を得られにくく家や学校、社会での不適応を繰り返すと被害的認知をもちやすいなどの成人期以降の社会不適応のリスク因子の一つにもなりえます。

しかしその一方でASDの場合は自閉性が保証されれば自分なりの世界や楽しみを持った上で、社会生活においてはユニークな視点を持ちながらもむしろルールをしっかりまもる良き市民(研究職や職人、アーティストなど)になるでしょう。

またADHDの場合は多動性や衝動性、向刺激性を保証されればアスリートや冒険家、ベンチャー、危険を顧みない仕事に従事するなど危機要員として、また世界の限界や楽しみを広げてくれる存在として活躍できるでしょう。

発達障害を社会不適応のリスクにしないために、理解と支援、場合によっては幼少期から継続した支援と親も含めたケアが必要で、医療も教育も福祉もバトンをとぎらせることなくつないで伴走していくことが必要です。
不適切な養育環境に関しては、親への支援をベースとしながらも、どうしても家族での養育が難しければ適切なタイミングで社会的養護(里親など)も必要と思われます。

また格差や貧困を解消し、社会全体で子育てを支援する体制を充実させ、リスク要因のある子どもや家庭環境でも虐待に至らず、保護要因が十分に上回るように、子どもの貧困の解消、一般の子育て支援を拡充することが、結果として親の養育能力に乏しい子ども、発達障害の子どもも救うことになります。

少数派が声をあげられる場を維持し、社会全体の対話を促進しすること。
そしてすっかり歪んでしまった我が国の政治をまっとうに機能させることも必須と思います。

Comment:0  Trackback:0
2018
04.09

発達障害あるあるラボトークライブ in しおじり2018

Category: 未分類


4月7日に、塩尻えんぱーくで発達障害の手作りのイベントを開催しました。

「発達障害あるあるラボ」という発達障害のピアサークル、セルフヘルプグループを2年間ほそぼそとやっていて、大人の発達障害のグループから、親子のグループが生まれ、発達凸凹の子の子育てや教育に成人当事者がコメントをしたり、混じり合うところも面白さで参加者も増えてきてニーズをひしひしと感じていたのですが・・。

その中で、どうも発達障害の講演会とか県や市町村などもしょっちゅう開催してエライ先生のご高説を拝聴みたいなのはよく開催されていて、いろいろあってそれはそれでいいんだけど、外から目線の物が多く、うまく体験が理解されていないよね・・。困っている人はいっぱいいるんだけど、当事者同士が、つながれていないよね・・。具体的な支援につながらないよね、という声がいつもありました。

そうこうしているうちに4月の第一集は発達障害の啓発週間だというのにそういえば中信圏域では何も企画がないよね・・。長野や諏訪や盛り上がっているのに、松本平はまとまりがわるいよね、というところから始まったこの企画。
場所予約しちゃいました〜というとろから始まりました。
いつものトークを見てもらえばそれだけで十分いろいろ伝わるし面白いよねというところからでしたが、(ですので失敗はない。参加者が少なくてもちょっと高い会場をつかったくらいのもので・・。)、そこに当事者のアート展や音楽ライブ、同人誌の制作、諏訪のライトアップの実行委員会の方なども相乗りしてくれて様々な企画が相乗りし立派なイベントになりました。

自分はいつもながら自分がやりたくて、やれて、楽しいことが最優先。
入場券代わりの缶バッチをつくらせてもらったり、いろんなつながりや団体に、あちこちに声をかけて原稿や参加者をつのったりしてやりたいことやらせてもらいました。当事者、親、医療、教育、福祉、行政をまたぐにはボトムアップ・アプローチが一番いい・・。

行動援護などもされているセミプロのシンガーソングライターのトーメさんや新聞記者さんなど、いろんなプロもプロボノ(専門知識や技術を持つ人の自発的な無償や低額のボランティア)で参加していただき、立派なイベントになりました。

挨拶


トーク内容、もっと詰めておかなくていいの?とハラハラして、当日の直前の打ち合わせもできませんでした、当日会場から飛び入り参加頂いた方の話がわかりやすく、感動的だったり何がでるかわからないのはライブならではですね・・。場を設定すればいろんな出会いやつながりがうまれますね。

親子トーク

親子の発達障害あるあるラボトークライブ

大人トーク
大人の発達障害あるあるラボトークライブ

さらに盛り立てていろんなつながりを作っていきたいです。
スーパー心理士の上間はるえさんがブログでまとめてくれているのでこちらもご参照ください。



Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

(大人の&親子で)発達障害あるあるラボ公開トークライブ

Category: 未分類
発達障害啓発週間イベント。
ピアエンパワーメントグループの、大人の&親子で発達障害あるあるラボの公開トークライブです。子どもが発達障害かも?と心配している親、大人の当事者・支援者・発達障害に関心のある人は誰でも歓迎です~。

あるあるライブ

イベントページはこちら

参加費:500円(資料代込み、未成年は無料)
申し込み:不要
場所:えんぱーく3階の多目的ホール

13時30分〜親子で発達障害トークライブ
14時45分 〜トーメさんのミニライブ
15時15分 〜大人の発達障害トークライブ

壇上でばんばんトークしたい方、展示などを含め何かやってみたい方、お手伝いしてくださる方ご連絡ください。
先輩のお母さんたち・成人当事者らと交流したい・質問したいという人もOKです~。
当事者のアート?作品も展示予定です。

お問合わせ、質問、ご意見、企画などはaruarulabo@gmail.comまで。
Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

発達障がいに関する研修会in飯島町。

Category: 未分類
3月6日、長野県の次世代サポート課と翔和学園の企画のシンポジウムで福岡寿氏と伊藤寛晃氏とご一緒させていただいた。

 福岡寿さんは、いつも通り面白くてためになり元気になる話。これまでの歴史や全国の動きなども示す一方で、具体例も豊富。最近は保育園での仕組みづくりに力を注がれている。私も保育園の巡回相談もつかせていただいたが保育園までに集団の中で特性に気づき、親にも気づかせ、フォローしてつなぐ仕組をつくること。特に目立たない子に特に注意すること。高校ぐらいにヘロヘロにならないように、中学くらいまでに自分の特性を知り活かせるようにすることの重要性を指摘。

 ギフテッド教育をうたう翔和学園を伊藤さんは本人の好きや得意に徹底的に注目して関わること。その一方で集団を活かすこと、身体アプローチの重要性などなどを述べられていた。成人の二次障害事例、ひきこもり事例、知的障害のある事例も粘り強く関わっているようだ。昨年見学させていただいた長野の翔和学園は生活訓練と就労移行支援の仕組みを利用した福祉型学園で、学園生活的なものに思い残しがある群には最適と思った。一方の東京の翔和学園は放課後ディやフリースクール、卒後の就労支援事業所もあり多機能で垂直統合型の事業をおこなっているようだ。

 私からは医療では二次障害をきたしてからの関わりなりがちだが、医は医無きを期す、予防は治療に勝るという視点。障害の問題から少数派に関わる本人と周囲のメンタルヘルスの問題としてとらえるべきではないかということ、家族会や当事者会などのサポーテッドピアサポートの重要性、医療機関の予後調査で生活介護か福祉的就労か一般就労したかなどがアウトカムとして評価されるが、余暇活動が充実しているか、幸福度はどうか、就労が継続できているかなどが真のアウトカムになるべきではないかと提起してみた。

 長野県の発達障害児者支援連携協議会の事務局は精神保健センター内の発達障害者支援センターから、次世代サポート課に移管される。次世代サポート課は県知事直営のちょっとかわった部門で、信州やまほいくなども推進しており、幼児教育と、高校以降の教育、翔和学園のような教育で義務教育をはさみ、福祉、教育、医療の壁を取り払い特別支援教育を普遍化させていく腹づもりのようだ。長野県の発達支援や教育はこれから面白くなっていきそうだ。
Comment:0  Trackback:0
2018
03.11

幼稚園での親支援プログラム

Category: 未分類
3月6日に信州大学附属松本幼稚園で親支援として前回の講演につづき希望のあったペアトレのさわりをつたえる企画を開催。自分では自信がなかったので、ペアトレに携わってきたミカプロ(子どものミカタプロジェクト)の高瀬CPにお願いしました。 東京や松本で子育て支援や教育相談、スクールカウンセラーをされてきた高瀬さんは会場の参加者や先生も巻き込み、さすがの話でした。

本来は複数回のプログラムで親を支援し、仲間づくりをおこない、行動の変化に肯定的注目を与え続けなければなかなか難しいかもしれないけれど、子どものミカタを学んで子どものミカタになることですこしでもやってみようと思ってもらえればその子の将来がかわってくるかなぁ。

 発達障がいの知識やペアトレの基本を伝えるこういった企画は一般の親にむけて全ての保育園や認定こども園、保育園であってもいいとおもいます。 

 レポートはこちら

Comment:0  Trackback:0
2018
03.04

ひきこもりラジオ出演

Category: 未分類
安曇野市明科で、ひきこもり、子ども若者、精神障害などの支援をアウトリーチも交えて精力的におこなっているNPO法人グランドリッシュの望月美輪さんがパーソナリティをつとめる“ひきこもりラジオ”(ローカルFM局の、あづみのFM)にゲスト出演させていただきました。

学園祭のときのミニFMみたいなノリで、こうやって番組作るんだというのが見られて楽しかったです。
ちゃんと打ち合わせをして、リハーサルをして、ミキサーさんが音をつくってくれて・・。なのですが、ライブ放送は独特の緊張感ありますね。プロの仕事です。
パーソナリティとゲストのやりとりを聞いてもらうというのは、ある意味リフレクティングですね。いろいろ可能性を感じます。

発達障害の説明や、ひきこもりの方の質問に答えるコーナー、大人、親子の発達障害あるあるラボ、啓発イベントの案内などもさせていただきました。
JASRACとの契約などの関係か音楽抜きのバージョンですがYouTubeでも聴けますのでよろしければお聴きください。




Comment:0  Trackback:0
2018
02.04

ヘルスリテラシーとヘルスコミュニケーション

Category: 未分類
あるグループでの議論の途中でまとめたので、シェア。

何かが何かのリスクになる、あるいは効果があるというためには、科学的な方法論に則ったものでいないと、いくら主張しても受け入れられず、根拠の乏しいものを断定的、教条的に主張すると宗教や疑似科学の範疇にいれられてしまうことを覚悟しなければなりません。

科学的根拠(エビデンスといいます)にはレベルがあり、高いレベルのものほど質の高い科学的根拠になります。偏り(バイアス)の除去と再現性がポイントです。根拠のレベルはおおざっぱに以下のようになります。

①迷信や風習、伝聞、個人的な経験
②専門家の意見
③単発の事例報告
④複数の事例報告をまとめたもの
⑤過去のデータを集めて確認したもの
⑥未来に向けてデータを収集したもの
⑦条件をできるだけ揃えて治療法の場合は介入群(例えばお薬やある治療法など)、リスクの場合は暴露群、例えば科学物質や放射能など)と非介入群(非暴露群)を出来れば被験者や検査者にもわからないようにして追跡したもの
⑧ 複数の⑦をまとめて解析したもの

の順で、高いレベルの根拠になります。
ポイントは個人的な事例や伝聞でも一応根拠になるということです。
ただし、科学的根拠のレベルは低く、今後の検証や研究を待つ必要があります。
また一見科学的な体裁が整ったものでも批判的に吟味され、バイアスが検証されたり再現性が確認されなければなりません。

倫理的な問題に配慮しながら、細胞実験や動物実験(マウスやラット)なら同一の遺伝背景をもつものでの研究がなされてますが、ヒトの場合はクローン人間を使うわけにはいかないので、ある地域の集団(コホートといいます)や双生児を追跡調査したり(東大でやっていますね)、診断や年齢などできるだけ条件をそろえた人を募集して調査や介入研究をしたりして研究者は科学的根拠づくりにいそしんでいるわけですね。
そして今ある科学的根拠を吟味して診療ガイドラインなどが作成されています。

現実には十分な科学的根拠のない中で治療法やリスク回避を、本人の価値観を尊重しながら、取りうる選択肢のなかから選んでいかなければなりません。

毎日新聞の連載「健康を決める力」も参考になります。

Comment:0  Trackback:0
2018
02.03

プラットフォームとしての高等学校

Category: 未分類
厳しい家庭環境、発達特性、中学までの不登校など様々な困難を抱えている生徒がたくさん通う県立の定時・通信制の高校での進路指導、SSTと情報交換会に参加させていただいた。
私も支援に関わっている方も多数お世話になっている。

なかなか先が見えない、先のことが考えられない、なんとなかると思えない子も多い。経済的に苦しくアルバイトしている生徒も多く、学業だけではなく、進路指導やデートDV防止講座、常設の相談室、個別支援計画などが丁寧で、生徒と先生との関係にもあたたかさを感じる学校であった。

3年次だけではなく、1年生も参加。大手スーパーに就職内定したばかりの生徒、働きだして1年のOB、その会社の教育訓練マネジャーのお話。新人研修の内容と同じであろう働く意味や、バイトと正社員の違い、小売業の歴史、社会的意義といった話も良かったが、働きはじめて1年の方の「マンガやアニメに自由に趣味に使えるお金が増えた。将来はそこそこ出世して結婚して家庭をもちたい。」という話に「二次元、三次元?」と先生が突っ込む掛け合いも素晴らしかった。

講演の後、準備、練習してきたグループに分かれて外部の方も交えての面接の練習だったが、「バイトの経験」と「休日の過ごし方」ってのがキークエッションだなぁ。

Comment:0  Trackback:0
2018
01.26

Ask what you can do for your client!

Category: 未分類

もう還暦なので、理不尽なことにも、かなり鈍感になってきた。 しかしそれでも、時には激しい怒りを抑えられないことがある。 大変残念なことだが、そのほとんどはケアマネがらみ、である。...
BLOG.DRNAGAO.COM

記事中にあるように、逆も真なのなのだろうし一部なのだろうが・・。この問題は認知症だけではなく障害者(特に精神障害)全体に言えることだと思う。 

 私自身、大変なケースを抱えたときにいろんなところから板挟みになり、目の前からいなくなれば、楽したいとは私も思ったことは何度もある。そういうケースが亡くなったり、転院したりしてほっとしたこともある。

 しかしケアマネに限らず支援者と呼ばれる人が、本人のために自分が何ができるかということを考えて動くことができず、ただおとなしくして欲しい、目の前から消えて欲しいという支援者のニーズに対して動いてくれるところをチョイスしていく。
 ここ一番しんどいときに何らかの力のあるところを一時的に頼るのは仕方ないと思うが、それだけを続けていった結果が果たしてどうなるか?。さまざまな悲惨な事件が物語っている。あすは我が身だ。 

 当地でも治療できる部分が少ない強度行動障害の方を精神科への入院医療だけでなんとかしてほしいと丸投げしつづけてきた結果、リソースを使い潰し地域の病院でも受け入れにトラウマティックになり受け入れられるところがなくなった。そこでコーディネーターがコネをつかって知り合いの偉い医師に頼み遠方の他地域の病院へ入院させたりしていた。そこまではしかたないとしても、そこにもいつまでもいられず当然治療もできず退院。先方の病院の医師から頼まれたので地域の方なら自分の仕事ですから出来ることはやりましょうと引き受けたら、本人にも合う前にそのコーディネータや行政の保健師がドヤドヤとやって来て囲まれた。そこでいきなり「入院をさせて欲しい、入院できる医療機関を紹介してつないで欲しい」と詰め寄られ非常に残念で悲しい思いをしたことがある。 そういうことが繰り返されてきたために、このコーディネータにはこの一点突破しか手がないのだなぁと・・。そして医療も真剣に取り組んでこなかったんだなぁと。  

 もちろん医療で出来る部分はきっちりやるが、医療とてなんでも解決できる魔法のような力はない。とくに障害の分野では・・。自分に何ができるかを問うとともに、あなたの仕事はなんですか、自分の全てを総動員して他あらゆる角度から自分たちに出来ることを検討しましたか、焼畑農業のようなことをいつまで続けるのですか、奇跡が起こるのを、スーパーマンが現れるのをいつまで待っているのですか、あなたには何ができますかと・・。病院だけにいても何もかわらないと学校や施設に出向いたり、自宅へ訪問診療したり、家族支援したり、ロビイングしたりして仲間を増やし・・。思えばそこらへんが出発点かな。  

Comment:0  Trackback:0
2018
01.10

高齢者と運転

Category: 未分類

高齢者の運転にかかわる悲惨な事故がまた起きてしまいました。

楽隠居するのが難しい時代ですね。そもそも人は多様性を持って発達し、多様性を持って老化していく存在ではあります。
発達は年齢で横並びではないとは言え、どんなに認知判断能力、運動能力が優れていて18歳まで免許が取れません。また、どんなに元気な人でも多くの組織的な職場には定年というシステムがあります。

ただお金と車は自分の力を何倍にもしてくれるものですからそれを取り上げられるのは抵抗が強いです。また特に地方では車がないと通院や買い物など生活が成り立たないような地域のつくりになってしまっています。

いろいろな意見はあるでしょうが、長生きすればするほど認知症になる割合は確立は高まります。またてんかんなども高齢者で増えます。

認知症割合 tenkan.jpg

出典:日本神経治療学会治療指針作成委員会編集「標準的神経治療:高齢発症てんかん」463ページ、Fig. 1「年齢別てんかん発症数」

1)Epilepsia. 52: 1857–67, 2011. Sillanpää M, et al.: Regional differences and secular trends in the incidence of epilepsy in Finland: a nationwide 23-year registry study. 

(高齢者のてんかんの有病率:てんかんネットより)


これらを考えれば例えば75歳なり81歳になったら免許を全員返納した上で、社会として公共交通の多様性を増やし、モビリティの自由を保証するシステムを作ることに創意工夫するという考え方もあるのではないでしょうか・・。認知症だけではなく交通弱者に優しい社会になるとおもいます。


身体面の衰え以上に、認知機能や精神面の衰えは気づきづらく認めづらいものです。

医師にとっても判断能力の判断というのは難しいものですし、免許更新のたびに認知症検査をヒヤヒヤしながら受けて、ピックアップされて、自尊心を傷つけられながら診察をうけたあげく免許を取り上げられるというよりは段々と諦めや納得感が得られやすい気もします。


免許と金銭管理をいかに手放し諦めるかという問題は認知症診療をしていたときにはかならずぶつかりました。(認知症診療の山場の一つ)
認知機能検査の結果と画像などを示しながら、事故のリスクの割合、事例などを説明しながら、医師として運転は許可できない。他の医療機関を受診してもよいが、どの医師でもそういう判断をするだろう。
これを聞いていて事故をおこしたら民間保険がおりないこともある。家族が責任をとわれることもある。と本人家族に伝えカルテに仰々しく記載することが精一杯でした。
車の維持費とタクシー代を計算したりということもやったりもしました。
今は運転シュミレーターをもちいてリスク判定して自覚を促したり、免許返納に当たっての相談窓口を警察や行政が開いていたりいろいろと仕組みはできてきていると思います。

明日を今日より少しでもマシな世界に。


Comment:0  Trackback:0
2017
11.26

「自分のこと」のおしえ方

Category: 未分類
平成29年11月25日。吉田友子先生を招いての、信州大学子どものこころ診療部セミナー「発達障害の子ども本人への診断告知」まとめ。

 まず、こんな「告知」は危険という話から。幾つかの例があったけど、結局、準備なく告知するのと、周り都合で告知するのがダメ・・。一方で本人が知りたい気持ちを持ち始めたのにごまかすと、何かまずい聞いてはいけないことなんだなというメッセージを受け取ってしまう。
 自分はどうもみんなと違っているようだと気づき始めた時期を狙って説明する。だいたい8歳を過ぎたら聞かれることに備えて準備をしておく必要がある。計画的な告知では安全な診断名との出会いを設定できる。その際には本人も保護者も具体的な支援をうけて生活が安定し、苦手があっても工夫によってうまくいく、特性は強みにもなるということを体験をつうじて実感している大事。支援をうけた体験があると抽象的なキーワードも理解できる。また他の子どもの治療計画をまもるためにも、誰彼話すことはしない能力があることも大事。大事なことだから同じくらい大事におもってくれる人にのみ話そうねと伝える。
 一方で小さいときから継続的に支援をうけられていない子どもたちの場合は、診断説明(告知)で、診断を受け入れずに支援拒否したり、逆に診断を「ご印籠」のように使用するなどの副作用がでることも・・。

 担任の先生を信用している年度で、変化の大きい春休みを避ける、親子ともに相談の場があることが望ましいなど細かな配慮も必要・・。

 脳のタイプ名としての自閉スペクトラム(約10%?)とサービスの入場券としての自閉スペクトラム症(自閉スペクトラム障害)(約1〜2%?)を意識する。医療や福祉が必要なくなれば診断名はつかなくなる。診断告知は流れの中の一つ、自己理解支援の一段階にしかすぎない。血液型や利き手のように優劣のない少数派の一つということを伝えたい。親とも相談して本人に合わせて記載を変更して、長所や苦手が、なるほど自分にはあてはまるということを確認していく。
 診断告知の意味は「なぜ、技術を学ぶ必要があるのか」を伝えられるから。それは「劣っているからではなく少数派だから」ということ・・(日本人が英語圏に旅行するために、安全安心な滞在のために英語を学んだり、翻訳機などの支援機器をつかうのと同じ)。
 自己否定的な技術向上を避けることが肝心。(特別な工夫や技術を使えば使うほど自分が普通でないと感じて、自己嫌悪(=目標は普通になること))では、せっかくの技術習得が自己肯定につながらない。

 学齢期、成人までに生きる上での必要な技術全てを身につけることはできない(例えば契約やパートナーシップなど)から、相談する技術が大切。相談したら良いことがあったという実感が相談意欲を育て、相談者としての成長につながる。

詳しくは著書も参照ください。


Comment:2  Trackback:0
2017
10.31

こころの健康の授業(保健体育)

Category: 未分類
信大の附属小学校5年生の養護教員の保健体育の授業にゲストティチャーとして参加しました。

先日の親(PTA役員)や教師も参加する学校保健委員会のミニ講演でも「心の健康には援助希求できることが大事、大人は相談されたらちゃんと応えてね、それが相談するという力を育てる。大人もできることは助けて、自分でできないことは専門科や他の人にも相談しましょう」と親や先生の側にもお伝えしておいた、それで子どもに対しても授業・・。
このへん、ちゃんと学習指導要領にもあるのね。

テーマは心身相関を理解する→対処方法を考える。ということ。
このへんは個人精神療法やディケアのプログラム、職場のメンタルヘルスの講演、発達障害の子どもと親のアンガーマネジメントプログラムなどでもやっているのと共通する部分も多くやっぱり基本なんだろうな。

事前アンケートでは悩みの無いという子どもが過半数だったけど思春期にはいっていろいろ出てくるからな・・。特に人間関係、さらに親子関係、自分との関係・・。おまいら覚悟しとけよ・・。
イライラした時や悩みがあるときの対処法として子どもたちに聞いたら・・「殺す」、「自殺する」などと大きな声で言う子も(^_^;)(自分や他人を傷つけない方法で)

グループ話してもらって、好きなことをする、大きな声を出す、物を投げる、寝る、食べる、リラックスする、話す・・。見方を変える、などいろいろ意見がでました。
こちらからお伝えしたのは、まず落ち着け!逃げろ!キレると損ということ。イライラって思い通りにならない時に沸き起こる未分化な感情だからわかりにくいよね・・。
体を動かしたりして発散して、リラックスして、しっかり食べて、よく寝て、スッキリした頭で考えましょう。

つぎに一人で悩むな!ということ。自分の頭だけでいい考えが浮かばなければ他人の頭をかりるための相談しましょうと。相談相手は担任や親、養護の先生やスクールカウンセラーもいるよと・・。どうしても苦しければ病院に来てね・・。とお伝えしました。
ある子どもから「精神科ってどんな相談が多いの?」と本質的な質問が・・。基本は悩みを何でも相談してもらっっていいよろず相談だけど、居場所がないとか、自分をコントロールできないとか、死にたくなったりしたときかなぁ・・。

小ネタとしてもっていったアロマのエッセンシャルオイルも予定通り注目されたけど、みんな匂わせて〜と小瓶を男子に振りまかれて教室に森の香りが充満しましたとさ。

Comment:0  Trackback:0
2017
10.03

”札幌市自閉症者支援センターゆい”のレポート

Category: 未分類
 札幌に行く機会があったので、社会福祉法人はるにれの里、札幌市自閉症者支援センターゆいを見学させていただいた。

札幌郊外の公共交通機関や大きな道からやや外れたエリアの、立方体の無落雪屋根の住宅が並ぶ住宅街と、工場や倉庫が点在するエリアにあった。札幌は計画都市であるために全般的に道幅が広く、道も多く渋滞がすくなく(冬季は除雪で雪山ができ違うのだろうが)車での移動(今回はタクシーでお金はかかったが)は時間がかからず快適である。

全国から見学者も多いようで見学は3000円(4時間以下)の協力金と明瞭会計である。
1時間弱の時間だったが、所長さんが施設やグループホームを案内してくださり、質問をうけて下さった。 

  SapporoYui2  

札幌市からの指定委託管理のゆいは永久的な入所機能はもっておらず、地域移行のための施設(定員30名)、ショートスティ(定員6名)、生活介護(定員44名)、自立訓練(定員6名)からなる。
コーディネートやコンサルテーション機能や地域の啓発活動は同一建物の2階にある発達障害者支援が担っており、法人内外の他の事業所とも連携しながらやっているそうだ。
ゆいの廊下でつながった建物群にはユニットになった居住エリアと、日中の活動のエリアがある。
体育館もあり大きなトランポリンなども設置されていた。
エリア内は適宜、移動式の壁やパーティションで様々に区切れるようになっており、日中活動においてもなるべく利用者の動線がかぶらないようにと配慮されている。敷地内には生活介護の作業所や築山のあるプレイグラウンドもある。  

自閉症者支援センターゆいは札幌市の児童施設に過年齢児が増え、入所施設からの地域移行が言われるようになって、受け皿として指定委託管理をうけて設立され今年で10年になる。
対象者は人口200万弱の札幌市全域から、地域での支援で何とかならなかったような、支援区分6、行動障害のスコアが10点以上の方などで、IQは測定不能〜20くらいの最重度の知的障害を伴う自閉症かつ強度行動障害のケースを受けている。重度知的障害、重度自閉症の困難ケースは積極的にみるということで他の福祉法人とは住み分けができている。
人の刺激に弱く、言語でのコミュニケーションは困難で排泄なども自立せず、自傷や他害、異食などの行動障害が続いているようなケースだ。3年間を目処にアセスメントをおこない、環境を整えほぼ全員が地域に点在する同一法人の運営するグループホームへと移行している。入所の利用者の平均年齢は30歳弱くらいとのことだが、ショートスティでは土日を中心に4歳位の子どもからも受けているとのこと。
相談をうけると大変なケースは「親は手離せ」と言っている。紆余曲折があり、相談支援事業所が動き、ケース検討をしてショートなどを繋いで、ゆいにたどり着く。
それでも「うちに来たって魔法はかからないよ。ゆっくりと時間をかけてやるしかないね。」と言っているそうだ。親の関わり方も様々で、ゆいに来るようなケースでは自宅に帰るというケースはほとんどないそうである。  

 法人ではグループホームもたくさん作り、展開しているが、地域移行とは言え、グループホームも集まればコロニーということになる。ケアのことだけを考えたら集めたほうが楽だが、今後は大規模な施設はつくることは難しく、地域に点在させたほうがかっこいい、町内会費も払って、変じゃないでしょと示すのも彼らの仕事と考えているとのこと。ただ集団にはいることで本人の好感度が下がるなら、地域の行事への参加などもしなくてもいいという発想である。  

 全般的にみんな一緒にしようという発想がそもそもなく、それぞれの人にあわせて個別におちつける環境、関わりをつくっていくのが基本。人の刺激に弱いので、パーティション動線なども区切り、活動の場所、活動のペースも個別に決めて対応している。
 もし活動で同じ場を共有できるなら上等という感じだそうだ。居室も物がある方が落ち着く人、シンプルな方が落ち着く人、それぞれにあわせて環境調整し、壁紙を剥いで食べてしまう人などの部屋には木を貼り付け、ぶつかりながら移動する人の動線にはクッションが貼られているなど個別に対応している。そのままの環境をグループホームに持っていくそうだ。
 卒業生が近隣のGHから通う生活介護では余暇型のメニューが主だが、働ける人には個別のワークシステムで大根の皮むきなどの仕事を提供している。  

 集団でのかかわりのほとんどないそういう状態をみて、親から「寂しそうだ、かわいそうだ」と懇談などでは言われることもあるが、相談員は「そうですね、できるだけ頑張ります」といいつつ、本人の安定した環境を提供すべく聞き流しているとのこと。

  支援者のスタンスで印象的だったのは大変なケースをみているのにもかかわらず飄々、淡々としているということと、決してこちらのこだわりを利用者に押し付けず、環境調整に徹しているということである。
 ある程度の知的能力があるなら本人のスキルに働きかけて、対人の距離のとり方などの学習を期待することもできるが、知的に重度のケースは環境を調整していくことに尽きる。本人が嫌がることは強制せず、不穏になって暴れるならスタッフはすぐに逃げて無理をしない。お互いが持続可能であり、だれもができる方法というのが大事であり、ある支援者としかできないということであればそれはベースラインにはなりえない。担当者が変わっても支援が継続できるように情報共有はしっかりやっているそうだ。  

  どうしても落ち着かないときには、やむを得ず行動制限もすることもあるが、切迫性・非代替性・一時性の原則は確認して親の同意をえて、しっかり記録をしながらおこなう。それでもその状態が頻繁につづくようなときは一時的に協力関係にある精神科病院へ入院を打診する。その際はこれだけのことをやりましたと示しているとのこと。
 もっとも自閉症に関しては入院しても大きく変わるものではないと思っており、かならず3ヶ月なら3か月で再度引き取っているとのこと。担当できてもらっている精神科医と近所の内科の嘱託医はいるが、医療への依存は全般的に低いように思えた。

 食事に関しても他の人のものに手をだしたりするため、ほとんど個別にとっており、歯みがきも自分で磨ききれる人もほとんどおらず、年に2、3回ほど歯科衛生士さんにも来てもらいブラッシング講座をやってもらい、ブラシを帰るなど個別に磨く方法などを検討し仕上げ磨きは丁寧にやっているそう。

 親も一回も会いにこない方もいるが、親には親の人生があるとこだわらない。 面会に来る親も、面会からはじめ、落ち着いたら外出、そして帰省と段階を追うとのこと。それでも面会室以外の施設内での親の面会はお断りしているそうで、それは、本人にも、他の利用者にも施設見学者と親との区別は雰囲気ですぐに分かりみんなが「俺の親はいつ来るのだ」と落ち着かなくなるからだそうだ。  

 最近は新たに強度行動障害化するケースが増えているという印象はなく、早期療育がそれなりにすすんでいる効果もあがっており、親の会活動は低迷しているが、支援者が増え、またネットなどでも情報が得やすくなったために勉強しやすくなり、気合と根性の子育てでおかしくなるということが減っているからなのだろうとのこと。まだまだ学校の先生にも学校にも当たり外れはあるが、はずれ先生にあたって、外部からの提案がうけいれられない場合でもずっとじゃないから、そのうち変わるからと相談をうけた側もあくまで淡々と対応している。学齢期は幸いなことに札幌市には放課後ディサービスが山ほどできており、ちゃんとやってくれるところに、アセスメントして整えた環境を引き継いで見てもらえるとのこと。高等部も利用できるなら利用したいとのことだが、学校で対応できず行くと不調になるようなケースは「学校へ行かなくても死にはしない」といっており、福祉サービスを優先することもあるようだ。ただ義務教育年齢卒業以降はなまじ学校に籍があるとやりにくいとはいっていた。

  全国的に有名な「はるにれの里」でも、人手不足で他の仕事もある現状では福祉業界の職員の募集は大変であり特に若い人はなかなかあつまらず、入職時には有資格者でなくても採用しているとのこと。(有資格者には多少の給与の上乗せはある)。研修体制は充実しており、法人で年をとおして週に1回程度は何らかの研修があり、研究発表なども奨励している。勉強のための本も揃っており、資格取得は応援していて試験などは公休にしたりしているそうだ。

  SaaporoYui1  


 行動障害を減らし、本人の落ち着ける状況をつくるために、本人を変えようとするのではなく、全体の流れはあるものの、動線なども他の人と会わないように工夫し、ハード、ソフト、ワークシステムともにここまで!というくらいに個別に対応していること、それでも行動障害がさまざまな要因で悪化する人もいて一定期間遠、病院に行くこともあるが、それも含めてシスティマティックかつ淡々とやっていた。最重度の知的障害と自閉症をもち強度行動障害もある群の人が集まっており、それでもなんとかしているのを見て希望がもつことができた。
 

Comment:0  Trackback:0
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。