2014
01.25

夏苅郁子先生の講演会。

Category: 未分類
安曇野市の精神障害の当事者、家族が中心となって開催した野の花セミナーで夏苅郁子先生をお呼びしました。
聞いているだけで安心する染み入る声と、実体験に基づく壮絶な話で聞き入ってしまいました。
ディスカッションも盛り上がりました。

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実母が統合失調症であり、若い頃からさんざんな思いをしてきた精神障害の家族であり当事者であり精神科医である夏苅さんは、家族の思いを伝える運動をしていきたいと週末は全国を行脚されています。

看護師であった母親は入院のため離れて暮らした時期もあり、幼い時から苦労されてきました。成人してからも上手く病気の母とは関われず、10年間縁をきっていたそうです。
自らも心を病んで摂食障害や自傷行為などもあり精神科にかかり薬ものんでいたこともあったそうですが、幼少時に温かく接してくれた叔母と過ごした3年、それと母の病気をみとめず過去をなかったことにして再婚した父ではあったが教育の機会を与えてくれたことが回復につながったそうです。夫ともめぐりあい、「我が家の母はビョーキです」をみてであった中村ゆきさんに触発されて、カミングアウトしてからも患者さんにも受け入れられ仲間がふえたそうです。
支援者、とくに若手の精神科医にむけて強調していたのは「生活」を知ることの大切さです。診察室で、診断をしているだけでは病気は分かりません。「あなた病気の人、私治す人」では、治療はできないのです。
実体験から恐ろしいと感じることは、それでも精神科医として通ってきてしまったことだそうです。
葛藤を抱えることが「寄り添うこと」であり、過酷な現実・医師に言えない家族の声を聴いてほしい。 当事者さん・家族が求めるのは、生活に支障のない事です。そのために 精神科医は、福祉も経済も勉強しなくてはいけませんし、いろんな職種・立場の人に会って、話を聞いてほしいと。
家族に向けては、家族にも人生がある。家族が「支援者としての人生」だけを生きてしまうと泥沼になると訴えていました。家族に関しては、まず、ケアしない権利を保護する。その上で、ケアする権利を保障する。これがないと、家族のリカバリーは起こりえません。そのためには地域にさまざまな受け皿が普通の生活圏に必要ということも強調されていました。
最後に「人が回復するのに 締め切りはありません。」という言葉でしめくくられました。


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ディスカッション後も語り足りない面々は、「カフェだ・もんで」に移動。
統合失調症、発達障害、躁うつ病、アルコール依存症などの当事者や家族、支援者が集まって語りました。

夏刈先生に関しては、こちらにインタビューがあります
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2014
01.24

認知症を理解する劇 2014松本バージョン

Category: 未分類
認知症キャラバン・メイト養成講座で松本市の包括の選抜メンバーと寸劇を演じた。
講演などを頼まれた時には主催者にも汗を書いてもらうことにしている。

実は担当者が演劇部で上手くまとめてくれシナリオの細部にも手をいれてくれた。

役者揃いで小ネタの入ったアドリブがバンバン出る素晴らしい演技で驚いてしまった。
骨格としては使いやすいと思います。
著作権フリーなので適当に改変して演じてみてください。

講義としては一般的な話のほか、認知症は本人にとっては慢性混乱症であり、そのことを周囲や社会が認知することが必要な病気であること。病気であり、老化であり、障害でもありますので、世界一の高齢化社会の日本では医療者だけに任せないで、全体で受け入れていくべきこと。
 製薬会社のCMが伝えていることと、現場の医者や家族、支援者がが地域の人に伝えたいことがズレていることなどを引き合いに出しながら、現場で感じていることを寸劇にしたりしてサポーターに伝えてほしいということと、当事者や家族が語る場を作って欲しいというようなことを話しました。そのような流れの中で今後はアルツハイマーカフェのような方式が主になるであろうこと、そして認知症をとっかかりに他の精神障害への理解と支援につながってほしいことも。

以下、寸劇のシナリオです。著作権フリーで改変自由ですが一言報告をいただけるとテンション上がります。

認知症キャラバン・メイト養成講座 (2014年1月24日)
    認知症を理解する劇 2014松本バージョン


ナレーション
医師
ウメさん
嫁(サツキ)
息子(ヒロシ)
娘(ノブ子)
小林さん(ディスタッフ)

(登退場はすべて、受講者に向かって右へしてください)

ナレーション:腰椎の圧迫骨折で「しなの病院」に入院したウメさん。慣れない入院で夜になって混乱してしまいました。

(声のみ)
ウメ・・「たすけてくれ~。こんなところに閉じ込めて。なんでこん               なことするだい。あんた何するだい!」

ナレーション:しばらくしてウメさんの混乱は落ち着きましたが、入院中、精神科にも受診し、診察や神経心理学的検査、頭部CTなどの結果、アルツハイマー型認知症と診断されました。

(診察室・医師、椅子へ座っている。サツキとヒロシが入ってくる)
 
ここはしなの病院の診察室です。どうやら主治医の先生から、ウメさんの症状について、家族へ説明があるようです。
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医師:「認知症が考えられますね。」

サツキ:「やっぱり・・。お義母さん、最近、出かけて帰れなくなったり、同じことを何度も聞いたり、スーパーで同じ物を何回も買ってきたりしてどうも様子がおかしいと思っていたのよ。」

ヒロシ:「認知症って、昔の痴呆症のことですか?どういう病気なんですか?」

医師:「高齢者には比較的ありふれた脳の病気です。年をとればとるほど患っている人は増えます。いったん獲得した知能が低下し、物忘れなどの症状が徐々にすすみ、日常の生活が困難となってくるものです。」

ヒロシ:「入院前はあんな混乱はなかったです。入院したことで認知症になってしまったのですか?」

医師・・「今回のことは、「せん妄」という急激に起こる、一時的な混乱でしょう。
ただ、もともと認知症が徐々にすすんできていて、新しいことを覚えたり、時間や場所を認識する力が低下してきていたようです。
それに入院という環境の変化や体調不良が重なり脳が混乱したのでしょう。その部分は回復しています。」

サツキ:「先生、認知症を治す方法はあるのですか?」

医師:「認知症をきたす病気はいろいろありますが、ウメさんの場合はアルツハイマー型認知症という一番多いタイプの認知症が疑われます。
アルツハイマー型認知症は組み合わせて使えば症状の進行を最高で1〜2年遅らせる薬もあります。また混乱を緩和したり感情を安定さす効果が期待できる薬はいくつかあります。
ただ薬も上手に使えば役には立ちますが、下手な使い方では逆効果です。
むしろ周囲の人の理解と支援が大切ですね。」

ヒロシ・・「理解と支援?」

「そうです。それがないとウメさんは徐々に進行する認知症という病気をかかえ混乱した状態に放置され、できないことを責められたり怒られたりして不安定になります。」

サツキ・・「具体的にはどうすればいいんですか?」

医師・・「認知症を理解し、認知症を抱えて生活する気持ちに寄りそうことと、歩くのが大変になったら車椅子や杖が必要なように、認知力が低下して難しくなっていくことに対しての支援していくことが必要ですね。
それを一緒に考えていきましょう。」

ヒロシ・・「そういえば昨年、職場の役所でもサポーター養成講座ってのもやっていました。出られなかったけど・・。」

医師「ええ、国をあげてさまざまな取組がなされており、地域にもサポートの仕組みが増えています。サポーターも増えて理解と支援もひろがっていますよ。」
   (3人退場)
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こうしておばあちゃんは病院を退院し、進行を遅らせるお薬ものみはじめました。そんなある日のこと・・。

  (ウメさん、鍋で料理している。そこへサツキが帰ってくる)

サツキ:「ただいま~。仕事から戻りましたよ・・・。あっ、お義母さん、それは私がしますから、休んでいてくださいよ。」

ウメ・・「サツキさんが忙しい忙しいっていうから手伝おうと思ってやっているじゃないかね、なにいっているかい・・。」

サツキ・・「お義母さん、いつも腰が痛い痛いって困っているじゃないですか・・・。ん、ちょっとあら、何の匂いかしら、焦げ臭いにおいがするじゃない。」

ウメ・・「そうかい、におうかい?」

サツキ・・「お、お義母さん、大変、鍋が焦げているじゃない!火事になる寸前でしたよ。もう、お義母さん、火をつかうことは二度としないで下さい!」

ウメ・・「え、しらねーだよ。」

(ヒロシ登場)
ヒロシ・・「なんだいまた喧嘩しているだかい。」

ウメ:しら~。

  (3人退場)

ナレーション:次々とこのような困ったことがおこって来ました。そしてまたまた、大変な事件が起こってしまったのです。

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  (ウメ登場、いそいそと)

ウメ・・「おとうさんが遺してくれた大事なお金と、年金が入る大切な通帳だからね。孫の誕生日におもちゃを買ってやるだ。
  あれれ、通帳がない。
こっちでもないし、おかしいなぁ・・・。どこにしまったかや?
そういえば、サツキさんがお金をいっぱいもっているし、ひょっとしてサツキさんがもっていってしまったのかや?

   (ウメ退場)

ナレーション・・その日の夕方、娘がウメさんの家にやってきて、話をしています。

   (ウメ、娘座っている)

ウメ・・「ちょっと、聞いてよ!私の通帳がないのよ・・・。サツキさんが持って行っちゃったのよ。悔しくって・・。いつもいじめられているの。」

     (サツキ、仕事から帰ってくる)


 サツキ・・「アラー、のぶ子さん、いらっしゃい。ゆっくりしていってくださいね」

のぶ子・・「ちょっと!お義姉さん、ひどいじゃないですか。いくらなんでもお母さんの通帳をとってしまうなんて・・。」

サツキ・・「通帳なんてとっていないわよ。お義母さんがしまったのを忘れて騒いでいるのよ・・。
  (サツキ、タンスなどを探す)
お義母さん!ないって言った通帳、ここにあるじゃないですか」

ウメ・・「やっぱり、あんたが隠していたんだね!ひどい嫁だね!」
のぶ子・・「サツキさん、いつもお母さんをいじめてるんでしょ。お母さん、電話口でいつも泣いているのよ!」 
サツキ・・「[こっちこそトンチンカンなことばっかりされたり、濡れ衣を着せられて大変なのよ。泣きたいくらいよ・・。]

のぶ子・・「そうかなあ、まだまだしっかりしていると思うけどなぁ。でも、前に病院でアルツハイマーって言われたことがあったけど、ちゃんと治療しているのかしら・・。」

  (3人退場)

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ナレーション・・しかし認知症症状が徐々に進行するとともに、ウメさんの混乱は激しくなって来ました。

ウメ・・「サツキさん、お盆の準備はできたのかい・・。」

サツキ・・「お義母さん、まだ冬ですよ。それに、汚したパンツを押入れにかくしてしまうし・・。ご飯1升もたいて、もういい加減にしてください。」

ウメ:「おとうさん~。みんながいじめるだ。早くお父さんのいる西の国に行きたいだ。実家の四賀に帰るからね、あたしゃ・・!」
  (ウメ退場・・続いてサツキぶつぶつ言いながら退場)


ナレーション:また、おかしなことを言っている、と思ったサツキさんはそのまま放っておきました。でも、本当にウメさんは、家から出ていってしまったのです。
     
(サツキ登場)
サツキ「全く、お母さんたら、どこ行ってしまったのかしら。いないわ。本当に出て行ってしまったのかしら・・。あら、本当にいない。あ、あなた!お母さんが見当たらないのよ・・。」

  (ヒロシ登場)

ヒロシ・・「え~っ!ばば、どこ行ったんだ・・・。警察に連絡しなきゃだめかな・・。」
(しばらくウロウロする)

サツキ・・「私、もう少し、お母さんのことしっかり考えてあげたほうが良かったのかしら。こっちの気持ちばっかり言って、怒ったりして、どうしよう・・。
  (のぶ子登場)

サツキ・・「あっ!のぶ子さん、いいところへ!おかあさんがいななっちゃって、見かけなかったですか?」

のぶ子・・「えっ!見かけなかったわ。どうしよう。いつからいないの?どこへいったのかしら・・。」

サツキ・・「おかあさん、帰ってきて下さい~。」


(・・・・ウメ、小林登場。ニコニコして帰ってくる)

サツキ・のぶ子・・「あ、お母さん!よかった。帰ってきてくれたのね!。」

サツキ:「あら、デイサービス、てきねー屋の小林さんじゃない。」

小林さん「ウメさんをディサービスの送迎の途中でお見かけして。連れて帰ってきました。
ウメ先生は小学校の時の担任の先生だったんですよ。子どもに人気のある、とってもいい先生だったんですよ~。デイサービスでは、利用者様にいろいろ教えてくれていますよ。とっても生き生きしているんです。さすが、先生ですね。」

ウメ・・「ほら、サツキさん、なにぼさっとしているの!この人達に、お茶出してあげて・・・。この人いい人でね・・。いつもとってもよくしてくれるのよ。」

サツキ・・「そうだったのね、おかあさん、出来ることだってたくさんあるのに、家では、何にもさせてもらえなくて、切なかったのね。」

のぶ子:「私、あれからお母さんのことが気になって、認知症のサポーター養成講座うけてきて、よくわかったのよ。できることは、じぶんでやっていかなくちゃいけないのよね。怒られて、とっても辛かったのね。」(オレンジリングを見せる)

ウメ:「どうにかこうにか、若い時のようにやれりゃあいいだがね・・。なんだか、今日はみんなやけに優しいじゃないかい・・。どうしたんだい。」

ヒロシ・・「母さん・・。わるかったよ。認知症だからってお母さんはお母さんなんだよな。みんなの力を借りながら支えていくから・・・。」

小林さん:「また、うちのディに来ていろいろ教えて下さいね。」

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ナレーション:その後のウメさん。認知症は少しずつ進行していますが、デイサービスや家族、周りの人の力を借りて、楽しく穏やかに毎日を過ごされています。

  
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2014
01.03

リカバリーを目指す精神医療

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安曇総合病院で何でも屋の精神科医をやっている樋端といいます。
本日は当事者や家族が精神医療や精神科医をどう使い、どう育てるかという話をします。
私も当事者さんや家族の方から育てられたなぁとつくづく感じています。

みなさんは『精神医療ユーザー』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
私はこの言葉を面白いな、いいなと思います。
ユーザーに対し、医療の側の人は何といえばいいのでしょうか。
供給者といういみのサプライヤーでしょうか、提供者という意味のプロバイダーでしょうか。
私はパートナーという言葉が一番しっくり来ると思います。
ただ、医師の良いとする治療を唯々諾々と甘んじて受けるだけではなく、サービス受給者のお客様として権利を声高に主張するでもない。協力しながら治療にあたるというようなニュアンスです。

これは、精神疾患の多くががどんな名医でも、感染症や手術で治るがんのようには、「治すことができない」、つまり当事者や家族が医療者と協力しつつ主体的に付き合っていかなければいけない多いことと関係していると思います。

発達障害にしろ、統合失調症にしろ、他の精神疾患にしろ、疾患障害複合体を形成し本人と病気を切り離すことができません。
薬や治療で良くなる部分はあるにしても病気や障害をかかえながらも、病気に振り回される生き方を、まるごとひきうけ人生の物語の中に何らかの形で位置づけて治めていく必要があるということもあるということです。

このことをひとことで「リカバリー」(回復)といいます。病や障害に振り回されていた生活や奪われた尊厳、人生を当事者自らの手に取り戻すという意味です。

これは病気にかぎらず、親にめぐまれなかった、犯罪や自己や自然災害にあった、中途障害を負った。がんや難病にかかってしまった、子どもにめぐまれなかった、子どもが精神病をもってしまった・・。なんにでも当てはまります。

つらい経験をしたり、病気や障害をもっているからこそ分かることやできる事もあります。

精神医療はこのリカバリーを目指す『リカバリー志向』であるといわれています。
今日はこの『リカバリー志向』という言葉だけ覚えて帰っていただきたいと思います。

私も外来では自分の病気や特性とどうつきあうか、出来事や経験をどう自分の物語に位置づけるか、精神医療をどう主体的に使いこなすか、というような切り口から当事者研究を共同研究者としておこなうスタイルのリカバリー志向の診療を可能な限りおこなっています。
群馬大学の生活臨床や北海道の浦河べてるの家などが嚆矢のスタイルです。

支援者の役割は日常生活のこまかな相談に乗り、スキルや自己肯定感、成功体験、目標をもてるように支援する、いわばコーチのような役割です。
治すことはできませんが、回復していく環境を整えていくことはできます。

もちろんはじめからすんなりこのような段階までくるわけではありません。

まず最初に問題なのは当事者や家族が精神医療にどうつながり、どう使っていけばいいのかわからないことです。
さまざまな情報にアンテナをはり、講演会や相談会に出て行く元気があり、こういう場に足を運ぶことの出来るような方はいいのです。
混乱の渦中にいる当事者や家族にはそのような余裕もなく支援にもたどり着けなくなります。
そもそも精神障害とは極端に不器用だったり疑い深くなったり、思考や行動が混乱したりしていても自らを助けることができず、他者と上手くつながれなくなる障害です。

徐々に家族も含めて社会から孤立し、上手くいかない経験を繰り返し、社会からのつながりが断たれる状態が長期化することでますます社会生活のスキルが失われたり、妄想が形成されたりします。
その結果、支援を受けることそれ自体に支援が必要な状態に陥ることもあります。
あきらかに支援の必要な困難な状況であっても受け入れてもらえない場合は支援者同士が連携し、粘り強く機会をうかがい、わずかな接点をたぐり、チャンスをとらえて粘り強く治療の合意へ至る過程を寄り添う丁寧な関わりが求められます。

当事者や家族みずからが大変な思いでどこかの支援の門をたたいた際には、我々はこれまでの苦労に思いを馳せてねぎらい、歓待し、つながりが切れないようにかかわる必要があります。
最初の医療との出会いで躓いてしまうと、あとあと大変です。

出会った支援者としては当事者の声に十二分に耳を澄まし、あらゆる相談を一旦引き受け、自分の全てを総動員して全力でかかわること、見捨てないということを言葉と態度で示す必要があります。
全てを総動員というのは医学的な知識や技術はもちろんのこと、必要なら地域の中のネットワークを利用して他の支援者とのチームでかかわるということです。
今日の精神医療では多職種、多職域、さらに超職種、超職域からなるチームでアプローチが一般的なってきています。
サッカーでパスを回してゴールを決めるイメージです。
これは支援者自身が巻き込まれたり依存されたり、燃え尽きないためにも大切なことです。
ネットワークからは外れてスタンドアローンの支援者だけでは支えきれなくなり厳しくなったり、ひとりよがりになったりしがちです。
(家族だけで支えるのが厳しくなるのと同じ理屈です。)

最近になってチームのメンバーにはさまざまな専門職種の他に、病気を経験した他の当事者自身や家族、ピアとよばれますが、ピアスタッフも含まれるようになってきました。
当事者のグループや家族会などのいわゆるセルフヘルプグループは大切な治療や支援の資源であり、専門職としてもバックアップしていく必要があります。
サポーテッドピアサポートなんていったりします。

支援チームの中で医師は支援チームを束ね、さまざまな制約の中で人生の再生のプロジェクトの設計図を当事者とともに描き実行していくいわば設計士の役割を果たすことが望まれます。
もちろん必ずしも医師がやらなくてもいいのですが、医師は有限な医療・福祉資源を守り育て、医学的知識、科学的判断と医倫理にもとづいて適切に配分するという社会的責務を負っています。
さまざまな制度を利用したり、年金給付をうけたりするためには、医師の診断書やそれに基いて給付される精神保健福祉手帳などが必要になります。
最終的には主治医から離れ、忘れてもらうのが理想です。

また治療が必要な状態であっても本人の同意を得られない場合、強制的な治療に切り替えざるを得ない場合もあります。精神保健福祉法には医療保護入院や措置入院など精神保健指定医の診察で非自発的入院を可能とする制度がありますが、そういうときこそ丁寧に関わる必要があります。
混乱している当事者に支援者が振り回されて共に苦労して乗り越えた経験がその後の治療や支援で効いてきます。

精神科医にはリカバリーを信じ、チームをまとめ、回復への物語をつむぐ力がもとめられます。

医師の役割で大きいのが『診断』と『投薬』という行為です。

ただ、『診断』という行為も周囲の理解や支援の乏しい状態では単なるスティグマ(烙印)になります。
診立てただけで切り捨ててしまったりということになると、よけいに当事者を傷つけてしまいかねません。

スティグマの大きい統合失調症などの疾患が疑われる場合など、自分の望む診断をもとめて、幾つもの医療機関を渡り歩く人もいます。医療者側の問題ですが、あきらかに話が通じず問題のある医師や医療機関は、育てる余裕がなければ、あきらめて他の医療機関をあたりましょう。
セカンドオピニオンは権利ですが、サードオピニオン、フィフスオピニオンまでもとめて行かれて戻ってこられた方がいました。
これは患者さんの権利なのでいいですが、医療とのつながりが切れたまま薬なしでの治療をもとめて高価なサプリメントや民間療法にはしったり宗教だけにたよったりする方もいます。
そのようは物語を信じるのは自由といえば自由ですが、医療とくらべても最後まで付き合ってくれるところはなかなかありません。
耳辺りのいいだけの話、お金がかかるばかりの話には注意しましょう。

信頼できる周囲の人の意見もききながら、パートナーに決めた医師と協力しながら治療効果をあげていくことが必要です。

『投薬』に関しても、作用や副作用をオープンにして、しっかり納得して使ってもらうシェアドデシジョンメイキングという方法が提唱されています。
薬の種類も、飲み薬だけではなく月1回の注射でいいデポ剤なども見直されてきています。
副作用も多いけど、効果も今までの薬とは一段上の薬もでてきています。

ただ、当事者も他の支援者も医師にすべてを丸投げし、追い詰めて孤独にすると『薬』が増えるということも知っておくとよいでしょう。
チームから切り離され問題をまるなげされた医師には、それしか手もちの札がないからです。
当事者も支援者もそれぞれの立場でできる事を考えみんなでやっているということが大切です。

回復の道標となる『診断』と、それぞれの当事者にあわせてカスタマイズされた自助具としての『薬』を使いこなして当事者がリカバリー(回復)を果たしていくためには、まず周囲の人、特に家族が元気でいて当事者の回復を信じられるようになることが必要です。

当事者がひきこもっており接する人が少なければ少ないほど、近くにいる家族というのは本人にとって環境の中で大きな割合を占めます。

家族が元気でいて当事者が回復していける環境であるためには、そのためには専門職や他の家族当事者による家族に対する支援や家族会が大きな役割を果たします。

そしてリカバリーを果たしたあかつきには当事者や家族当事者が専門職の支援者と力をあわせて社会にむかって大きな声を上げ、地域に必要な医療・福祉を創り育て、バラバラになった地域社会を紡ぐ活動を粘り強く続けていくことだとおもいます。

その先に精神疾患に対する理解が広まり、さまざまな支援が増え、たとえ精神障害があっても居場所と出番のあり回復していける豊かな社会を創ることが出来るのではないでしょうか?

まずは、見どころの有りそうな若い医師を家族会などの勉強会に呼んだりして話をしてもらい、自分たちの話をきいてもらうところろからはじめて精神医療や精神科医を育てていくのがよいのではないでしょうか?

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2014
01.02

抗精神病薬に伴う突然死のリスク

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抗精神病薬を内服中(特に大量服薬中)に突然死があるということはしばしば言われています。
では実際に、突然死のリスクがどの程度上がるのかということに関してあるジャーナリストに聞かれたのでざっと調べてみました。

何故、突然死をきたすのかということに関して数年前の総説(いろんな論文をもとに教科書的にまとめて記載したもの)ですが、以下のものが比較的よくまとまっています。

Sudden cardiac death secondary to antidepressant and antipsychotic drugs


原因不明の突然死の想定されている機序として。
心毒性→心電図上のQT時間延長→TdP(トルサデポワン、先端のねじれという意味の仏語)という不整脈のリスク↑、TdPがおこると→Vf/VT(心房細動、心房粗動という致死性不整脈)につながるものと、ブルガダ症候群という突然死につながる不整脈に関連したものがあるようです。

これらのリスクは薬ごとでも違いますが、医師は心毒性の強い薬は心電図をみて注意しながら使うように教育されています。

また統計的なものとしては2009年のNEJM(一番権威ある有名な臨床医学誌)の論文がありました。

Atypical Antipsychotic Drugs and the Risk of Sudden Cardiac Death

まとめて訳してくれているものはでこちらをどうぞ。

抗精神病薬内服群と非内服群をマッチさせたコホート研究では向精神薬の内服で一般の方の倍くらいのリスクになるのはわかります。突然死の割合は年令によっても違いますが、
突然死は10,000人あたり10人~100人くらいの感じですね。これが一般の方の倍くらいになるという感覚でしょうか。

これもざっくりとしたデーターですので、用量を検討された臨床試験(数百例の検討が多い)のようなデーターサイズでは極めて稀なくらいのオーダなのでしょう。
市販後登録や、がん登録のようなものがあれば、分かるかもしれませんが、多剤大量処方での突然死は心筋梗塞などとされて闇に葬られているのかもしれません。

アルコールによる大酒家突然死症候群や、病状の悪化による自殺のほうがはるかに多いとおもわれます。
ところで最近使えるようになった、クロザリルという抗精神病薬は、副作用も多い代わりに効果も飛び抜けています。
ネットを通じて患者を全例登録し処方ごとにCPMSというモニタリングサービスに登録して効果や副作用を厳格に管理しながら使われているので、クロザリルならそのようなデーターも出せるのかもしれませんね。

抗精神病薬を内服中に突然死した方の心筋のCaチャネルにかかわる遺伝子をしらべてリスクを層別化するというような調査研究もすすんでいるようですのでリスクの高い方には注意して使うなどということができるようになるかもしれませんね。。

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