2014
06.15

アウトリーチ

Category: 未分類
アウトリーチなんていったら、なんだかカッコいいけど要は出前医療。例の「事件は現場でおこっているんだ。」ってこと。出張っていけば診察室や大学の研究室では絶対にわからない気付かず型、我慢型の潜在ニーズが見えてくる。そして手の届かないところに手が届く。偉い人にはそれがわからんのですよ。(失礼)

 私は、農民とともに医療を作ってきた佐久総合病院での初期研修では断らない医療を、その後、すすんだリハビリテーション科では障害医療と当事者とともに創り育てていく医療を、地域ケア科では訪問診療や緊急往診をおこない365日24時間の地域での生命と暮らしを支える医療福祉を体得した。

 車いすで生活している人の当事者の会ではその生活や苦労を教えてもらい、自分たちのパートナーとしてのドクターを育てようという思いをヒシヒシと感じた。そして同じ程度の身体障害でも、障害にこだわり支援者を困らせつづけうつうつと自宅に引きこもっていた人と、障害をもったからこそ自由に生き、寄付金をつのって地域の仲間とともにスイスアルプスにまでいった両極端な人生に出会った。そして、その違いはどこにあるのか、人はどのように回復(リカバリー)をしていくのかということに興味をもった。さらに見えない障害である高次脳機能障害の支援で行き詰まったこともあり、精神医療の世界に移ることを決めた。

 そうしてやってきた安曇総合病院の精神科では超職種の協働によるチーム医療が根付いていた。そこでも、やってきたことは同じで、ニーズがあれば宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩のごとく、そこに出かけていってオロオロした。様々な障害の当事者や家族のあつまりにもしょっちゅう勉強会の講師などとしても参加させてもらったがいつも教えてもらうことのほうが多かった。

 都会のように人口の密度しているエリアではないから型どおりのACT(Assertive Community Treatment)のような体裁はととのえることは叶わない。田舎ではあるものをブリコラージュ(つぎはぎ)してやるしかない。自慢の病棟は多機能に使える母艦のようなもので、深夜はホットラインの窓口の役割も果たしているし、治療やリハビリとしての場の他に、危機介入が必要なときには一時的な避難所にもなる。ディケアに訪問診療、訪問看護もフル活用し気分はサンダーバードだ。多職種が毎朝顔をあわせて情報交換をおこない、地域の支援者や支援機関ともツーカーだ。ただし怪獣マルナゲドンは許さない。おっくうがらずにこまめに連絡をとり、ケア会議もしょっちゅうやり、当事者の強みを見出し、皆が活躍できる条件をととのえ、ともに成長する。家族会やピアサポーターとのコラボレーションもすすんでいる。「医療は文化なり」というが、地域に医・職・住・遊・友をつくり育てるこうした取り組みをつづけることで地域にリカバリーをささえる豊かな文化的土壌が育まれている。

このムーブメントの広がりを偉い人達にも感じてもらいたいと思う。 
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