2014
08.10

脳に棲む魔物

Category: 未分類
この本はニューヨーク・ポストのジャーナリストであったスザンナ・キャラハンを突然、不眠、幻聴や妄想が襲い回復するまでの記録である。本人の体験と家族の残した記録、医師へのインタビューなどからノンフィクションとしてまとめあげられている。翻訳は専門用語などに不満はのこるが、興味深く読ませてもらった。

 前半の時系列で追った丁寧な記述は精神病になるとはこのような恐怖かというのがよく描かれており芥川龍之介の「歯車」を彷彿させるスリリングな内容である。何故かトコジラミが気になりだし、手がしびれ、インタビューができず記事がかけなくなったり、時に妄想的となり、誇大的となるなど感情が不安定になったりといった自分の立ち位置がわからなくなるような症状に約一ヶ月間苦しむ。神経内科や精神科のオフィスをまわされるが、ウィルス感染、アルコール依存症やノイローゼ、双極性障害などだとといわれ正体がつかめない。


脳に棲む魔物脳に棲む魔物
(2014/06/26)
スザンナ・キャハラン、澁谷 正子 他

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 そして痙攣発作がおこりERに駆け込まれるが入院は出来ず、実家で療養するが病院に連れて行こうとする車から飛び降りようとするなど家族も大変な思いをする。そしてやっと入院した病院で複数の医師の診察をうけ、脳生検までうけて自己免疫性脳炎、それも当時ダルマー医師らにより疾患概念が確立しつつあった抗NMDA受容体脳炎であるとわかる。この疾患は腫瘍随伴性の脳炎であり50%にみつかるという卵巣奇形腫はスザンナにはみつからなかったが、28日間の入院中に血漿交換やステロイドパルス、IVIg療法などをうけ退院。外来や在宅でも引き続き治療をうける。そして認知機能や精神病症状は徐々に改善し、もとの職に復帰できるまでになった。スザンナがまとめたこの病気の体験についてのニューヨーク・ポストの記事は多くの人の目にとまりこの病気を啓蒙する役割を果たす。

 ちょうど同時期に、私も当時明らかになりはじめたこの病気を疑い格闘した患者さんがおり、学会などでも発表した経験があったので面白く読めた。神経内科や精神科のオフィスに予約をとってたらい回しされたり、入院中も実に多くの医師やスタッフが関わったり、入院期間も最低限であるのに治療全体で100万ドルもかかったりといったアメリカの医療事情も興味深かった。

 この病気も広く知られるようになったものの未だに気付かれずに精神病として扱われて不幸な経過をたどっているケースも多いと思われる。またNMDA受容体の機能低下は統合失調症や自閉症などの精神疾患とも深く関わっており、精神疾患の生物的基盤の解明にもこの疾患の病態解明はマイルストーンとなるのではないか。特に今後、統合失調症とされている患者の一部に抗NMDA受容体脳炎のように自己免疫の機序でおこっているものも明らかになってくるのではないかということを予感させられた。

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