2017
01.31

学校教育にSSTを

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支援会議への参加に合わせて中学校の特別支援学級でSST(ライフスキルトレーニングと称していた)を中心とした取り組みをしている学級を見学させていただいた。1〜3年の支援級の生徒が中心で全校からあつまり1年を通じてSSTの時間がとられている。オープンダイアローグや、べてるの家にも通じるような最先端の取り組み。

かなりチャレンジングな発達特性の児童の育ちを支えているが、学校という枠組みを利用しながらも、定型発達児童の年齢相応の達成を求めるようなことはしない。一方的に命令や強制したり叱責することなく、本人の体験を共有する対話と提案と合意を重視している。常に肯定的評価ができるような関わりをおこない強みや出来たところに注目。授業や集団にも最初は5分でも参加できれば十分とするなどスモールステップをきざむ。

スキルに焦点をあてモデリングとロールプレイで3年間を通じて繰り返し練習、特に問題がおきたときはわからないところをわからないままにせず、仲間で徹底的に対話をおこない、スキルの練習につなげる。実際に生徒の間で起きたトラブルをもとに、先生たちも照れたり、動じたりすることなくロールプレイを行っていた。

教室の黒板には「挨拶スキル、参加スキル・・感情コントロールスキル・・・・話し合いスキル、男女関係づくりスキル」などの基本スキルのボードが常に張られている。

また授業やグループ以外の時間では見守りがありながらも自由に使える部屋があり、そこでは自閉性や多動性、衝動性も保証されており、みんなでゲームをしたり、個別のブースで勉強したり昼寝するのもOK。発散あるいはクールダウンしてもらう。

一方で個別に家族との関係や進路などさまざまな相談に関してもとても丁寧に関わっていた。
非定型発達の児童への発達支援として、いや定型発達のこどもたちにとっても道徳教育などよりよほど有用なユニバーサルな教育方法ではないだろうか?

ただ中心となって実践されている先生も(大学病院にも内地留学されしばらく診療やSSTなども勉強していかれた先生)、ひろく教育現場にも広まってほしいが、なかなか難しいのだと嘆いていた。
医療として出来る形でアシストしていきたい。
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2017
01.26

子ども発達支援。政策と草の根、それぞれの動き

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東京で発達障害支援の調査研究の会議に書記として参加。

全国の医療や行政の中で発達支援の仕組みづくりに関わってきた人たちが、行政、教育、医療の現状をマクロ的に現状把握し、良い実践は属人的なものにせず、システムとして成り立たせていきたいという視点で研究をしている。大都市や地方都市、小規模町村の特性や支援内容のあり方、連携や質の担保などが話題になった。こういった研究成果が厚生労働省の政策のベースになるらしい。厚生労働省からも参加があり内部の様子を聞くことが出来た。

そして『長野県子ども白書』の執筆者会議にも執筆者として一部参加。
長野県の子どもにかかわるさまざまな現場(医療、教育、外国人の子ども、貧困、社会的養護、子育て支援など・・。)で実践しているアツイ人たちが参加。目の前の現場にニーズがあるが応えられるものがなければ自分たちで作り、あらゆるところと協業するスタンスで皆思いがほとばしる。白書は県内のいろんな現場の実践を共有し、ネットワークを作るのが目的。県の政策などへの提言も積極的におこなっている。

2つの会議の雰囲気の違いが面白かった。

精神医療、認知症など高齢者、障害者医療の施策や実践も知っていながら、自身の育児も含めた現場、小学生〜成人までの発達障害の方の教育・就労・生活支援を中心に診療するというフィールドをもち、マクロ的な視点で子ども支援や発達支援も概観できるという実に面白い立場にいさせてもらっているのだと再確認。

自分のできる実践をしつつ何らかの形にしていきたい。
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2017
01.21

「この世界の片隅に」つまらない?

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観ておくべきと複数のひとからすすめられていた「この世界の片隅に」やっとみることができました。

 あったかさと、怒りと、そして愛しさと、切なさと、心強さとが同時に湧いてくるような不思議な映画でした。おわったあと映画館の空気(その時代の空気?)を共有していた観客客はしばらくの間だれも言葉を発しませんでした。

 全編、背景もほのぼの、人物の絵もかわいらしく、登場する人たちは良い人で、あたたかいトーンではあるのですが、豊かな戦前の生活から、だんだん物がなくなり、食事も貧しくなり、男性が戦地に取られ、そのうち空襲が始まり、大切な人が次々とあっけなくいなくなる戦時下の日常の空気が淡々かかれていて逆に恐ろしいほどのリアリティがありました。

ほんわかおっとり天然系の自閉スペクトラムであろう主人公のすずさん(能年玲奈=のん)の声がぴったりあっていてすばらしい。ふだん普段ぽーっとしているすずが玉音放送のあと怒りをぶちまけて泣いていたシーン。いつもいつも強がっていて意地悪に見えた義姉さんの本音・・。淡い恋愛の描写など、心を揺さぶられ自然に涙がポロポロ湧いてくるシーンが次々と続きます。

 その時期に広島に住んでいて間一髪で難をのがれた祖母、原爆のあとしばらく医療救助に入ったという医学生だった祖父も、戦争のことはあまり語ることはなかったけど、生きているときにもっと話を聞いておけばよかったな。

 昨年ヒットした「シン・ゴジラ」も「君の名は。」も東日本大震災をモチーフにしていますが、原発事故はともかく震災は自然災害でだれの責任でもありません。しかし「この世界の片隅に」に描かれているのはつい70年ちょっとまえの現実にあった戦争であり防げたかもしれない悲劇です。なぜこんな戦争に突き進んでしまったのか改めてきちんと考えるべきですね。

 紛れもない名作だと思いますが、あまり地上波のTVなどでプロモーションがなされないのは現政権にとって都合が悪いためでしょうか?それでも口コミの評判ジワジワと見る人がふえ100万人を突破したようです。(めざせロングラン上映、超えろ「君の名は。」)

 今だけ金だけ自分だけ、人々のいのちや暮らしよりお国の方が大切な日本バ会議の連中やアレ首相たちはこの映画は見たのでしょうかね?見たのであれば是非感想をきいてみたいものです。
 まだ見ていないこの世界の人は映画館に足を運んで見てほしいです。
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2017
01.09

思春期の諸問題への対応(学校編)

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高校の先生を対象とした勉強会の事例への対応の質問(一部改変)に答えてみました。まず大切なことはジャッジメントよりアセスメント。「Why?」(原因追求志向)より「How?」(問題解決志向)です。

①男女交際に依存しすぎる女子生徒。関係が破たんすると欠席、リストカット、自殺願望のネットやラインへの書き込み、家出などが頻回。

周囲に甘えるが、うまく対人関係の距離がとれず、見捨てられ不安が強く、周囲の人に過度に期待して助けを求め巻き込みますが、じきに相手も応えきれなくなり、やっぱりダメだったという思いを強化してしまいます。安全が確保され、安心感の得られる場所で、ていねいに関われれば年単位で落ち着いてくるでしょうが支援者は決してひとりで抱えないことが大切です。本人に困り感があればスキルに焦点をあてたカウンセリングも有効でしょう。(過去に原因をもとめるよりは、今に焦点をあて成功体験をつんでいく方がいいです。)

②すぐに「死にたい」と訴え、リストカットもしてしまう。

これも①と同様の要素もあるでしょうが、「死にたいくらい辛い」が上手くSOSがだせず助けを得られないのだと思います。どこでもだれでもよいのですが、安心して愚痴をいったり、SOSを出せる場所がまず必要です。あるいは④のように周囲にインパクトを与える言葉として選んでいるということも考えられます。まず相談してくれたことを評価し、その上で自傷行為から愚痴、愚痴から必要な支援や、コーピングスキルの獲得につなぎましょう。

③心を閉ざし、自己の思いを全く発しない。

これまでの経験から周囲の人に対して諦めてしまった状態でしょうか?派手な目立つ問題行動こそないですが、難しいパターンです。少なくともどこかの場につながっているようであればきっかけが必ずありますから、ひだまりのような環境を提供しつつ、本人が語ってくれるタイミングを逃さないようにこちらも余裕をもって関わることでしょうか。そのうち②や①のように変化してくることも考えられます。

④教室をはじめ所かまわず卑猥なことを言う男子生徒。何度注意しても繰り返す

ASDがベースにありそうです。あまり意味をわかっておらず、周囲が面白い反応がでるからその行動が強化されているのかもしれません。こうした言動は定型発達では小学生くらいまでで卒業しますが、発達障害があると高校生以降でもありえます。そのような言動は望ましくないということはあらかじめ伝えておき、他の話題などでは楽しく話していても、卑猥発言があれば、周囲は「ハァ?」みたいなつまらなそうな顔、嫌そうな顔をしてあっさり流すという対応を統一してするのがよいでしょう。ただ子ども同士なら難しく、いじめの対象になってしまうかもしれません。

⑤授業中落ち着いて座っていられない

ADHDがベースにあるのかもしれません。授業が理解できていないか、じっと座っている授業スタイルがそもそも向いていないのではないでしょうか。本人にその授業で学びたい気持ちがあるのなら、自助具としてコンサータやストラテラも多少は有効かもしれませんが・・。座学なら一番前の席に座らせたり、バランスボールやクッションなどを使ったり、プリントを配る役目をあたえたり、インタラクティブなアクティブラーニングにしたりといった工夫はするとして、出来れば体験型、体得型のほうが本人も伸びるとおもいます。本人に合わない環境で無理をさせると②、③、④、⑥のように問題にみえる行動がでてくるかもしれません。

⑥自己流の正義感から暴力や暴言を繰り返してしまう

自分が強すぎて周りが見えなくなるASDがベースにありそうです。ASDの人は言行一致した人を信頼します。きちんとした対話になるのであれば自己流の正義感や考えを主張することは自由であり尊重されるべきですが、それを他者が受け入れるかどうかは別の話です。また他者の権利を侵害する暴言や暴力に関しては絶対許されないことだと宣言しておいた上で、周囲は統一した関わりをしましょう。六法全書を活用したり、警察の生活安全課などにも相談しておき一芝居売ってもらうことも有効でしょう。本人の言動に対して対応する周りの人は(「みんな」ではなく「私は」)どう考えているか、感じているかということは繰り返しフィードバックをしましょう。
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