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2018
01.26

Ask what you can do for your client!

Category: 未分類

もう還暦なので、理不尽なことにも、かなり鈍感になってきた。 しかしそれでも、時には激しい怒りを抑えられないことがある。 大変残念なことだが、そのほとんどはケアマネがらみ、である。...
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記事中にあるように、逆も真なのなのだろうし一部なのだろうが・・。この問題は認知症だけではなく障害者(特に精神障害)全体に言えることだと思う。 

 私自身、大変なケースを抱えたときにいろんなところから板挟みになり、目の前からいなくなれば、楽したいとは私も思ったことは何度もある。そういうケースが亡くなったり、転院したりしてほっとしたこともある。

 しかしケアマネに限らず支援者と呼ばれる人が、本人のために自分が何ができるかということを考えて動くことができず、ただおとなしくして欲しい、目の前から消えて欲しいという支援者のニーズに対して動いてくれるところをチョイスしていく。
 ここ一番しんどいときに何らかの力のあるところを一時的に頼るのは仕方ないと思うが、それだけを続けていった結果が果たしてどうなるか?。さまざまな悲惨な事件が物語っている。あすは我が身だ。 

 当地でも治療できる部分が少ない強度行動障害の方を精神科への入院医療だけでなんとかしてほしいと丸投げしつづけてきた結果、リソースを使い潰し地域の病院でも受け入れにトラウマティックになり受け入れられるところがなくなった。そこでコーディネーターがコネをつかって知り合いの偉い医師に頼み遠方の他地域の病院へ入院させたりしていた。そこまではしかたないとしても、そこにもいつまでもいられず当然治療もできず退院。先方の病院の医師から頼まれたので地域の方なら自分の仕事ですから出来ることはやりましょうと引き受けたら、本人にも合う前にそのコーディネータや行政の保健師がドヤドヤとやって来て囲まれた。そこでいきなり「入院をさせて欲しい、入院できる医療機関を紹介してつないで欲しい」と詰め寄られ非常に残念で悲しい思いをしたことがある。 そういうことが繰り返されてきたために、このコーディネータにはこの一点突破しか手がないのだなぁと・・。そして医療も真剣に取り組んでこなかったんだなぁと。  

 もちろん医療で出来る部分はきっちりやるが、医療とてなんでも解決できる魔法のような力はない。とくに障害の分野では・・。自分に何ができるかを問うとともに、あなたの仕事はなんですか、自分の全てを総動員して他あらゆる角度から自分たちに出来ることを検討しましたか、焼畑農業のようなことをいつまで続けるのですか、奇跡が起こるのを、スーパーマンが現れるのをいつまで待っているのですか、あなたには何ができますかと・・。病院だけにいても何もかわらないと学校や施設に出向いたり、自宅へ訪問診療したり、家族支援したり、ロビイングしたりして仲間を増やし・・。思えばそこらへんが出発点かな。  

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2018
01.10

高齢者と運転

Category: 未分類

高齢者の運転にかかわる悲惨な事故がまた起きてしまいました。

楽隠居するのが難しい時代ですね。そもそも人は多様性を持って発達し、多様性を持って老化していく存在ではあります。
発達は年齢で横並びではないとは言え、どんなに認知判断能力、運動能力が優れていて18歳まで免許が取れません。また、どんなに元気な人でも多くの組織的な職場には定年というシステムがあります。

ただお金と車は自分の力を何倍にもしてくれるものですからそれを取り上げられるのは抵抗が強いです。また特に地方では車がないと通院や買い物など生活が成り立たないような地域のつくりになってしまっています。

いろいろな意見はあるでしょうが、長生きすればするほど認知症になる割合は確立は高まります。またてんかんなども高齢者で増えます。

認知症割合 tenkan.jpg

出典:日本神経治療学会治療指針作成委員会編集「標準的神経治療:高齢発症てんかん」463ページ、Fig. 1「年齢別てんかん発症数」

1)Epilepsia. 52: 1857–67, 2011. Sillanpää M, et al.: Regional differences and secular trends in the incidence of epilepsy in Finland: a nationwide 23-year registry study. 

(高齢者のてんかんの有病率:てんかんネットより)


これらを考えれば例えば75歳なり81歳になったら免許を全員返納した上で、社会として公共交通の多様性を増やし、モビリティの自由を保証するシステムを作ることに創意工夫するという考え方もあるのではないでしょうか・・。認知症だけではなく交通弱者に優しい社会になるとおもいます。


身体面の衰え以上に、認知機能や精神面の衰えは気づきづらく認めづらいものです。

医師にとっても判断能力の判断というのは難しいものですし、免許更新のたびに認知症検査をヒヤヒヤしながら受けて、ピックアップされて、自尊心を傷つけられながら診察をうけたあげく免許を取り上げられるというよりは段々と諦めや納得感が得られやすい気もします。


免許と金銭管理をいかに手放し諦めるかという問題は認知症診療をしていたときにはかならずぶつかりました。(認知症診療の山場の一つ)
認知機能検査の結果と画像などを示しながら、事故のリスクの割合、事例などを説明しながら、医師として運転は許可できない。他の医療機関を受診してもよいが、どの医師でもそういう判断をするだろう。
これを聞いていて事故をおこしたら民間保険がおりないこともある。家族が責任をとわれることもある。と本人家族に伝えカルテに仰々しく記載することが精一杯でした。
車の維持費とタクシー代を計算したりということもやったりもしました。
今は運転シュミレーターをもちいてリスク判定して自覚を促したり、免許返納に当たっての相談窓口を警察や行政が開いていたりいろいろと仕組みはできてきていると思います。

明日を今日より少しでもマシな世界に。


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