2017
02.05

精神科は患者の医師への依存性が高い?

Category: 未分類
いやはや、なんとも・・という事件。


薬物容疑の医師再雇用 「代わりいない」苦渋の選択 北九州の療育センター 警視庁が書類送検


北九州市と同市福祉事業団は2日、市立総合療育センターの30代男性精神科医が、東京都内で危険ドラッグを所持したとして医薬品医療機器法違反の疑いで、警視庁から東京地検に書類送検されたと発表した。医師は1月30日に依願退職したが、センターを運営する同事業団は「代わりの医師がいない」として同31日付で臨時職員に再雇用。3月末まで診察を続ける。

 同事業団によると、医師は昨年12月10日、東京都内で警察官の職務質問を受けた際、危険ドラッグの「ラッシュ」を所持していたことが発覚。1月18日付で書類送検された。尿検査は陰性で同事業団に「知人にもらった。自分で使うつもりだった」と話したという。

 医師は2015年4月から勤務し、発達障害やうつ病の中学、高校生の外来患者など約450人を担当。センターの精神科医は1人だけで、思春期以降の子どもを診る精神科医は全国的にも不足しており、同事業団は臨時雇用の間に代わりの医師や患者の引き継ぎ先を探す。罰金刑以上が確定すれば厚生労働省の「医道審議会」で医師免許停止など行政処分の対象になるが、現時点で診察に問題はないという。

 同事業団は「精神科は医師への依存性が高く、急にいなくなれば、患者が自殺や自傷行為を起こす可能性もある。苦渋の選択だ」と説明。発達障害の子どもがいる福岡市の女性(52)は「医師として正しい判断ができるのか疑問。診てもらいたくないと思う親も多いのでは」と話した。

=2017/02/03付 西日本新聞朝刊=



確かに思春期以降の子どもをちゃんと診ることのできる精神科医は不足しているが・・。 
かつて指導医から「自分に依存させ、自分がいなくなったら自殺するような患者をつくってはいけない。それは下手な治療もいいところ」と教わった。

 これは組織としても個人としてもマズイ治療。
医師一人に依存させ続ける状態を作ってしまってはダメでしょう。
もしもそういう患者がいたとしてもせいぜいクライシス状態の数人のはず。 

多問題で大変なケースほど多職種、多職域で抱え、医師は治療チームの一部としてだんだん引き下がっていくのが理想です。 

容疑の段階ではあるが、本人への治療が必要な状態なのか?どうして危険ドラッグの保持していたのか?好奇心からか新奇追求性からか、危険ドラッグにハマる患者の体験を知りたかったのか?
職務質問を受けたということはみるからに怪しい言動だったのか・・・。

 年度末まで勤務するということは、ひたすら引き継ぎのための申し送りと、患者への説明だろうが、こうなった以上は主治医の弱さと回復を患者にも見せることで治療的になるような関わりとするしかないだろう。

Comment:0  Trackback:0
2017
02.04

「高校で投票でスマホ利用のルールぎめ」へ感じた違和感

Category: 未分類
地元の高校の取り組み。興味深い記事があった。
今度の頼まれている教員むけのレクチャーのディスカッションのネタにしようかな・・・。

スマホ利用ルール 自分たちで決める 穂高商業高で投票 (信濃毎日新聞朝刊(2月3日))


穂高商業高校(安曇野市)1年生約150人が2日、校内でのスマートフォンの扱いを巡る学年独自のルールについて、進級する4月以降続けるかどうかを決める「模擬住民投票」に臨んだ。学校にいる時はスマホを廊下のロッカーに入れて保管するという現行ルールに、生徒から異論が相次いだことから、学校側が主権者教育を兼ねて実施。結果は9日に生徒へ伝えられる。

 「スマホがあると人と話すことが少なくなり、コミュニケーション能力が下がる」「いつ使って良いか自分で判断する力をつけるためにも、持っていた方が良い」―。まず生徒代表の6人が抽選で、現行ルールに賛成と反対の立場に分かれて討論した。聞いていた生徒たちは自分の考えをまとめ、それぞれ1票を投じた。

 同校は「スマホばかりを気にしないで、友達との交流を深めてほしい」として本年度の1年生から、校則とは別にスマホの校内での扱いをルール化。登校後は廊下にあるロッカーに入れ、授業間の休み時間は廊下のみで、昼休みは教室でも使えるようにしている。2、3年生は授業時はかばんにしまうことになっている。

 ところが昨年12月ごろから、「廊下の寒さで、スマホの電池がすぐに減る」などと生徒から不満が続出した。学校側はルールの是非を投票で問うことにした。背景には昨年3月、体育祭開催の是非について当時の1、2年生が投票した経緯もあった。

 1年生の横内陸さん(16)は「自分の意見はあるが、投票結果が出たら、学年で考えて決めたことなのでしっかり従いたい」。同校の生徒会活動を担当する畑山路知子(みちこ)教諭(33)は「ルールがあるからというだけで従うのではなく、その意味を考えるきっかけになってほしい」と話していた。

 新ルールは投票結果を踏まえ、職員会を経て最終的に決まるという。




いろんなルールを話し合って決めること自体は良いと思うんだけどね。
学校が一方的に決めて押し付けるよりは・・。
ただなんだか違和感を感じた。

日本的息苦しさを象徴しているものの正体ような気がする。

それは民主主義的手続きのふりをして学校側や先生の価値観や管理、やりやすさを間接的に押し付けているのということが裏に透けて見えるような感じがするからか・・。

実際に高校生の間でどのような議論が行われたのかに興味があります・・。
自分みたいなゼロベース思考の発達特性の生徒がいたらとことん反発しそう。先生は嫌だろうな・・。
もっとも、こんなことされたらその高校は嫌になって辞めちゃうかも。
ルール撤廃というのが学生の結論だったら学校側はそれを最大限尊重するのだろうか?

「ルールの意味を考えてほしい」とか「自分の意見はあるが......学年で考えて決めたことなのだからしっかり従いたい」などという生徒の声が紹介されているが、そもそもルールとは何かトラブルが起こったときの目安だったり、みんなが気持ちよく過ごせるためのものであるはず。

ルール策定や改定の手続きも定まっていなかったり、罰則規定も不明だったり、最終的には職員会を経て決まるなどもおかしい。なんだか今の日本の政治状況とソックリです。

そもそもスマホの利用は他の生徒の学ぶ権利を侵害してないのであれば、別に全体への一律のルールで決めるようなことじゃないのではとも思う。

休み時間に同級生と群れるのが苦痛の人もいるだろうし、コミュニケーションやノートテイクにICTによるアシストが必要な人もいるだろう。スマホ利用の可否は個人ごと授業ごとで個別に決めれば良い話だと思う。

中学などでも学習障害の子にタブレット端末やPCを教室に持ち込むのに許可証や診断書が必要だったりするけど、どうして一律の教育やルールがデフォルトなのだろうか?

個人的には、こういう学習規律はせめて義務教育の間くらいまでにしてほしいと思う。もちろん合理的配慮の考え方は徹底した上で・・。
北欧などでは学習規律があるのは小学低学年までらしい・・。
北欧の小学生レベルということだろうか?

大学だとどうなのだろう。
授業を聞かず、スマホをかまっていて先生が当惑したり怒り出すみたいなのことも多いのだろうか?
授業が成り立たなくなるという言い分も分かるが、それは授業の魅力がスマホのコンテンツに負けているということ。
スマホをかまっていられないくらいの、あるいはスマホをフル活用したアクティブラーニングにすればよいのだ・・。

この取り組みを素晴らしい民主主義の教育のように誇っているところが日本での民主主義の浸透の低さを物語っているように私には思える。

主権者教育や法律を専門とする人の意見も聞いてみたい。
全国の学校でのスマホ利用に関するルール、またルールをきめるルールはどうなっているのだろうか?
世界的にはどうなのだろう?
主権者教育関係の文献をあさってみるかな・・。


P.S
1年以内くらいで『民主主義と発達障害』みたいな内容で本を書いてみたい
(まずKindle出版。その後、できたら新書で)


Comment:0  Trackback:0
2017
02.02

学校現場でも使えるスキルに焦点をあてたおすすめ本

Category: 未分類
以下、学校現場向けにスキルに焦点をあてた内容のオススメの参考書籍をあげておきます。
実戦的で具体的なスキルがたくさん載っていますので常備しておき、類似する事例への対応を参照すると参考になるとおもいます。
発達障害の思春期や青年への具体的な関わりに関しては、小栗 正幸先生の本がオススメです。
少年院等で心理職をされていた著者で発達障害の子どもたちへの関わりが具体的ですぐに役に立ちます。



「発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ」
「青年期の発達課題と支援のシナリオ」
「ファンタジーマネジメント “生きづらさ”を和らげる対話術」
など

また応用行動分析のカリスマ、奥田健次氏の本も読んでおくと対応と発想がかわります。



「メリットの法則」
「世界に1つだけの子育ての教科書―子育ての失敗を100%取り戻す方法」
「背景、アスペルガー先生」
など


自傷行為や自殺に関しては依存症や自殺研究の第一人者である松本俊彦先生の本が具体的でオススメです。



「自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント」
「自傷行為の理解と援助」
など。

最後にいじめに関しては精神科の最後の巨人、中井久夫先生の論文「いじめの社会学」を子供でも読めるようにリライトした本がすごくいいです。
読んでおくといじめへの対応が変わります。



「いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉」
Comment:0  Trackback:0
2017
01.31

学校教育にSSTを

Category: 未分類
支援会議への参加に合わせて中学校の特別支援学級でSST(ライフスキルトレーニングと称していた)を中心とした取り組みをしている学級を見学させていただいた。1〜3年の支援級の生徒が中心で全校からあつまり1年を通じてSSTの時間がとられている。オープンダイアローグや、べてるの家にも通じるような最先端の取り組み。

かなりチャレンジングな発達特性の児童の育ちを支えているが、学校という枠組みを利用しながらも、定型発達児童の年齢相応の達成を求めるようなことはしない。一方的に命令や強制したり叱責することなく、本人の体験を共有する対話と提案と合意を重視している。常に肯定的評価ができるような関わりをおこない強みや出来たところに注目。授業や集団にも最初は5分でも参加できれば十分とするなどスモールステップをきざむ。

スキルに焦点をあてモデリングとロールプレイで3年間を通じて繰り返し練習、特に問題がおきたときはわからないところをわからないままにせず、仲間で徹底的に対話をおこない、スキルの練習につなげる。実際に生徒の間で起きたトラブルをもとに、先生たちも照れたり、動じたりすることなくロールプレイを行っていた。

教室の黒板には「挨拶スキル、参加スキル・・感情コントロールスキル・・・・話し合いスキル、男女関係づくりスキル」などの基本スキルのボードが常に張られている。

また授業やグループ以外の時間では見守りがありながらも自由に使える部屋があり、そこでは自閉性や多動性、衝動性も保証されており、みんなでゲームをしたり、個別のブースで勉強したり昼寝するのもOK。発散あるいはクールダウンしてもらう。

一方で個別に家族との関係や進路などさまざまな相談に関してもとても丁寧に関わっていた。
非定型発達の児童への発達支援として、いや定型発達のこどもたちにとっても道徳教育などよりよほど有用なユニバーサルな教育方法ではないだろうか?

ただ中心となって実践されている先生も(大学病院にも内地留学されしばらく診療やSSTなども勉強していかれた先生)、ひろく教育現場にも広まってほしいが、なかなか難しいのだと嘆いていた。
医療として出来る形でアシストしていきたい。
Comment:0  Trackback:0
2017
01.26

子ども発達支援。政策と草の根、それぞれの動き

Category: 未分類
東京で発達障害支援の調査研究の会議に書記として参加。

全国の医療や行政の中で発達支援の仕組みづくりに関わってきた人たちが、行政、教育、医療の現状をマクロ的に現状把握し、良い実践は属人的なものにせず、システムとして成り立たせていきたいという視点で研究をしている。大都市や地方都市、小規模町村の特性や支援内容のあり方、連携や質の担保などが話題になった。こういった研究成果が厚生労働省の政策のベースになるらしい。厚生労働省からも参加があり内部の様子を聞くことが出来た。

そして『長野県子ども白書』の執筆者会議にも執筆者として一部参加。
長野県の子どもにかかわるさまざまな現場(医療、教育、外国人の子ども、貧困、社会的養護、子育て支援など・・。)で実践しているアツイ人たちが参加。目の前の現場にニーズがあるが応えられるものがなければ自分たちで作り、あらゆるところと協業するスタンスで皆思いがほとばしる。白書は県内のいろんな現場の実践を共有し、ネットワークを作るのが目的。県の政策などへの提言も積極的におこなっている。

2つの会議の雰囲気の違いが面白かった。

精神医療、認知症など高齢者、障害者医療の施策や実践も知っていながら、自身の育児も含めた現場、小学生〜成人までの発達障害の方の教育・就労・生活支援を中心に診療するというフィールドをもち、マクロ的な視点で子ども支援や発達支援も概観できるという実に面白い立場にいさせてもらっているのだと再確認。

自分のできる実践をしつつ何らかの形にしていきたい。
Comment:0  Trackback:0
back-to-top