2017
08.13

商品化してはいけないもの

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きょうされん声明「A型事業所の閉鎖に伴う障害のある人の大量解雇問題を受けて


障害者支援の分野は医療や教育と同じく、社会共通資本であり、商品化してはいけない分野だと思う。


 ニーズがあるからとずっと手弁当でやってきた思いのある事業所などが行政と協働して開拓して制度化しても、今度は営利で商売にしようとするところが参入してハイエナのように荒らしていく。質の担保のために管理や規制が厳しくなり、そのコストがかさむ。いたちごっこである。

 医療でもそうだが、ビジネスでやっているところは、本当に大変な困っている人に限って、自分たちに何ができるかということも考えもせず、あっさりと排除するからわかる。

 今、何もできないというのなら、せめて一緒に声をあげてくれたりすればいいのだが、次の商売のタネ探しに忙しいのだろう。


 現在の現物給付、事業所への補助金などから支援者も含めだれもが食い詰めないように現金給付(ベーシックインカムと障害加算)に、権利擁護、行使のサポートをセットにして個人に給付する(今は市町村の認定という意味で半々くらい?)制度にシフトしてくべきなのだろうと思う。

 そのためには障害があり通常ではないサポートが必要な方にはなおさら、早くから意思決定の支援、声をあげるスキルというのが必要だ。


 そして、それを突き詰めていけば、それが仕事となる可能性があるともいえる。言葉や理屈を使うのが苦手ならばばアートや表現の世界に、言葉や理屈が使うのが得意ならば、学問の世界、ソーシャルワーカー、政治家などにも向いていると思う。

 

 明日は今日より少しでもマシな世界に。

 



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2017
07.19

PRT 〈Pivotal Response Treatmentの理論と実践〉: 発達障がい児のための新しいABA療育

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ペアレントトレーニングなどのもとになる考え方であるABA(Applied Behavior Analysis:応用行動分析)の新たな流れであるPRT(Pivotal Response Treatment)について詳しく解説した本。プラクティカルでとても面白かったし具体的なヒントも多い本であった。


日本でASD児へのABAの中でも先鋭的なフリーオペラント形式の療育を行ってきた著者たちが、本家筋のほぼ同じコンセプトの実践であるPRTを紹介するために翻訳した本である。指導には優先順位があり、機軸となる領域(ピボタル領域)があるのではないかという膨大な観察と科学的研究に基づく実践報告と具体的な介入方法が記されている。入院病棟やプレイルームで専門職が絵カードなどを用いた訓練は高頻度に行っても残念ながら投入する労力の割に汎化に乏しく効果が薄いことも多い。PRTでは極端な構造化などの環境設定はほとんど行わなず雑多なもののある日常生活にあるものを利用して”楽しく”、親や保育士、教師、時には同級生などと介入方法を統一して関わる。効果測定をして修正する。モデルとなる模倣対象の多い統合教育をなるべく推進する。注目すべきピボタル領域は、モチベーション、ついで積極的自発性だという。


モチベーションを引き出す方法に関しては①自分で選択、②日常生活内の強化子、③試みる行動を強化する、④維持課題と獲得課題の混ぜ合わせ、⑤課題の多様性 のパッケージで。積極性自発性に関しては質問行動への支援をおこなう。

随時、定型発達との比較、迷信と真実に分けて記載されていてわかりやすい。

その他、問題行動への対処や家族関係の改善、親のストレスの軽減、日常生活での介入とアセスメント、データー集収なども別に章を設けて記載されている。特に親との関係や親のストレスに関しては、家族全体を良い状態にすることも非常に大切であり、ASD児への親の関与が極めて有効に働くのは、親なればこそのエネルギーが秘密兵器として作用しているからということ。親へのフィードバック、情報共有のあり方も具体的で、親にストレスがあるときの子どもたちの積極的なお手伝いは、非常に大きな変化をもたらすなどの記載は秀逸で参考になった。


また、あとがきで役者が自説(くすぐりや逆模倣のアイディアなど)や文化背景の違いなどを考慮した突っ込みをいれまくっていたのが面白かった。

やみくもに介入するのではなく常にレバレッジポイントを意識してシステムズアプローチを行うというのは自分の追求していることでもある。ABAにはアイディア勝負な部分、知的パズルのような側面もあり知的にも面白い。異端のセラピスト奥田健次氏のABAもPRTの流れなのだろうが、施設に通所しての療育やリハビリよりも今後は家庭や学校現場などの生活の場へセラピストが訪問しての療育支援が圧倒的に有効だろうし今後主流になってくるのではないか。

明日を今日より少しでもマシな世界に。




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2017
07.19

子育てにかかわる全ての方へ

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医学書院「総合診療」誌 2017年9月号(特集◆うつより多い「不安」の診方)の「乳幼児健診で発達に問題があるかもしれないと言われて、わたしの育児のやり方が間違っているのではないか、とても心配です」の家庭医と若い母親のやり取りに対する誌上メンタリングの原稿(案)です。 オープンダイアログ、ビレッジアプローチなどの考えを入れています。
①ひとりでしない、ひとりにしない
 受ける側にも余裕が必要ですが、まず相談してくれたお母さんの訴えに真摯に耳を傾け、共感しているところから入っているのはいいですね。助けを求め相談しつつ解決していく力が、こころの健康のために一番大切なことです。この力を身につけるためには相談してよかったという体験を重ねてもらうことが大切で、相談を受けた側もまた「出来ることは助ける、出来ないことは相談する」ということが必要です。支援者の姿は親に、親の姿は子どもにも伝わります。
②ソーシャルサポートの有無と親の病的な不安にも注意
 「子育て、大丈夫かな?」と心配されても、子育てはまだまだ母親任せで、情報的、心理的、実際的なサポートの体制は地域によってまちまちです。継続的に関わり、親子へのサポートの状況を確認して手助けを増やし、余裕と安心感がもてれば不安は軽減していくはずです。それでも不安が強まるようなら病的な不安だったり、他の問題をかかえていたりすることもありますので精神科医もチームに加えてみてください。
③育てにくさに寄り添う子育て支援を
 子どもの育ちは十人十色で多様なもので、本来、多数派か少数派かの違いはあっても正常、異常の区別はありません。ただ感覚過敏などのために情報が多すぎて混乱しやすい子、行動制御に困難を抱えている子、育つペースがゆっくりの子もいます。できるだけ叱らないで、おだやかに言って聞かせる、忍耐強い子育てが大切です。周囲が通常の子育ての方法やペース、環境にこだわると、子どもは苦痛や不安をかかえ、混乱した状態のまま放置されることになります。一般の子育てでも使える構造化やペアトレの方法をアドバイスし、必要なら詳しいアセスメントや支援を得られるよう専門家の助けを求めてみてください。
④社会みんなで育てる
 社会の中で他者の助けをかりつつ生きる力をつけるのを目指すのはどの子であっても同じです。発達の特性は成人になっても残り、福祉的支援が必要になることもありますが、個性や能力として社会の中で上手く活かせることもありますし、困難さに関しても合理的配慮が得られる社会に変わってきています。目先の症状にこだわるよりも二次的な問題を予防することの方が大切です。親がその子をありのままにみて、その子なりの発達をとげられるように、いろんな力を借りながら出来ることで応援していただければと思います。
明日を今日より少しでもマシな世界に。

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2017
07.11

道徳教育は対話をベースに

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生命倫理学のレポートを出せと言うので以前のまとめをやや改変。学校教育現場ではいまだに効果が薄いとされるベル・ランカスター方式の一斉授業が多く、政治的な議論を避けているのは単に時の権力者に都合がいいからだよねと思わざるをえない。不道徳ら連中が推進する道徳教育(安倍首相の写真が何度も出てくる教科書を使って!)なんて笑い話にもならない。

「適法性(コンプライアンス)は最低限のラインであり、ルールになっているものは議論がある程度なされ評価の定まった普遍的なもの。一方、倫理性というのはその上にあり、「僕はこう思う」というのがあり、個人個人、また時代、文化によってことなるもの。倫理に明確な答えはなく、社会の中で対話を繰り返していくしかない。

 知識の伝授では無知に起因するエラーは減らせるかも知れないが、そもそも倫理とはどのように教えられるものなのか?研究不正を予防するための倫理の教育もまた試行錯誤のようであるが、e-ラーニングとディスカッションを組み合わせた授業などは、ベースとなる知識とともにさまざまな視点も得られ、対話の練習にもなるなど効果的だと思った。我が国でも義務教育の学校教育の時期から一方的な道徳の授業を導入するよりも、このような対話をベースとしたアクティブラーニングを推進すべきだろう。

 自分が強すぎて社会常識に気づきにくかったり、心の痛みを感じにくかったりする脳のつくりの人は一定数どうしても存在する。特に研究者を志向する人は、視点や考えがユニークな人も多いだろうが、反面、コミュニケーションは苦手な人も多いかもしれない。閉じたコミュニティにいて、対話がなされない環境だと名誉や地位、金銭的な見返り、ハラスメント、様々なプレッシャーの中で優先順位がくるってしまい暴走してしまうこともありうる。ルールやガイドラインの明確化や、告発窓口やチェック機構を整備するなどシステムとしての解決も推進すべきだろうが、その上で大切なのはオープンな環境でのコミュニケーション、継続的な対話をあたりまえにすることだろう。

 オープン、フラット、シェアがベースのコミュニティをベースに市民とも対話を繰り返す。さまざまな見方、考え方の人のいるオープンなコミュニティの中でダイアローグを密にしていれば、倫理的に問題の大きい研究や研究不正は問題が大きくなる前の小さなうちから芽をつむことができるのだと思う。
 そしてそれは科学の世界のみならず、一般社会においても差別の解消、民主主義、世界の平和にもつながる人類普遍の根本的な考え方だと思う。」

明日は今日より少しでもマシな世界に。


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2017
07.11

歪められた行政。加計問題。一次が万事だと思うよ。

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政治を私物化したあげく嘘やゴマカシで開き直る、いまの政治、行政のあり方が、ちょっとひどすぎるので一言。
結局は国民一人ひとりが賢くなって政治から目をそらさず、それぞれの方法で政治参加しつづけるしかないだろうけどね。

森友、加計問題では国会中には追求から逃げまくっていた与党。
アリバイ的に「行政が歪められた」か否かを問う、閉会中審査が開催された。
安倍首相や加計孝太郎氏をはじめとした関係者がいないんだからそりゃ新しい事実はでてこないだろう。

不透明なところでコソコソやって一部の人達が政治を私物化したというプロセスを問題にしているところに、それを告発した前川氏への個人攻撃に終止する与党議員。
そこしか責めるところがないのだろうけど話のすり替えに必死で滑稽でした。
安倍首相も逃げている中、自民党の鉄砲玉として矢面に立たされた、平井卓也(元自民党ネットサポーターズクラブ代表)議員も、青山繁幸議員、お疲れ様でした。
もう次はないだろうね。

そして参考人としてでてきた加戸守行前愛媛県知事もまたおかしかった。

そもそも「政治が歪められたプロセス」を議論している本筋とは関係ない、四国の産業獣医師不足の悲願と、長年認可をもとめてきたという苦労話を延々としていたけど(そりゃ報道されないのも当たり前だ)、良く聞くとおかしいところばっかり。

あえてその話にのっかるとしても、四国に本当に公務員獣医師、産業獣医師が足りないなら、今わざわざ今治に加計学園の大規模な単科の獣医大学を新設しなくてもより低コストかつ効果的な方策はいくらでもあるだろう。

 まず、奨学金制度や処遇を充実させたりすればいいだろうし、獣医学部の入学定員ではなく、国家資格である獣医師免許の資格のあり方を議論してもいい。
 どうしても四国にも研究、教育機関としての獣医学部が必要というのなら実績もある愛媛大や香川大の農学部などをベースに増設するほうがよほど自然。国策として公務員の産業獣医師がもっと必要というなら、産業獣医大なり、自治獣医大なりをつくるほうが、数も読めるし質も量もコントロールできる。

 加戸さん、途中で話がかわっちゃってたけど世界と勝負できるライフサイエンスを充実させたいというのなら、理学部、農学部、医学部等の他のライフサイエンス系の学部も含めた研究教育費の配分の話しになるだろう。そこで何故、これまでの実績も経験もなく、実力も未知数、というかライフサイエンスっていうのなら今回、同じく獣医学部を新設したいといっていた京産大の案にくらべても圧倒的に期待出来なさそうな加計学園なのか。
それでもどうしてもつくりたければすべて私財を投じてつくってくださいという話です。

 そもそも国公立に比べて学費もかかる私立の大学で募集の時点での地域縛り、産業獣医師、研究職縛りをかけていない時点で、期待したような目的が達成できるともおもえない。国家試験の時点で苦労するだろうし、獣医師資格を得てもペット獣医になる人が多いのではないだろうか・・。

あ、授業の質とか学生の将来とかなんてどうでもよくって、ただたくさん学生さえがあつまればそれでいいのか・・。ビジネスだもんね。

 彼らが獣医学部にこだわるのは、今から地方に新たに大学をつくるとしても、作りやすいグローバル国際環境情報政策福祉学部とかだったら、全入時代の今、よほどの特色がないともはや学生が集まらないからだろう。そりゃよほどじゃないと地方の学生は都会行きたいでしょ。都会の学生もよほどじゃないと地方にはこないよ。
一方で今でも人が集まりやすい医療系だったら教育も許認可も大変そうだけど、獣医学部なら学生も集まりそう、簡単に作れそう、くらいの理由しか無いようにおもえる。

 しまなみバブルでうっかり開発してしまった「塩漬け状態」の土地の精算処分と、地方&国政の政治家とそのお友達の学校屋、土建屋連中に都合がいいだけのスキームを描いていたわけで、この人達は日本国民、今治市民、獣医師、そこで学ぶ学生の人生のことなんてこれっぽっちも考えていないように思えます。

こういった議論をあかるいところでやらないから、加計ありきっていわれるんだよ。

学生はあつまらないだろうなぁ、つくり始めた建物どうするんだろうね・・。
借金だけのこって今治市は夕張市、銚子市のようになるんだろうな・・。そしてそれは日本全体の未来でもある。きっと基地でも、原発でも、中央リニアでも、オリンピックでも似たような構造なんだろう・・。

市民は預けた税金の使いみち、みんなのルールの作成、運用に対してもっと厳しい目を向けならなきゃダメ。

明日は今日より少しでもマシな世界に。


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