2016
12.24

北欧諸国の教育と若者支援

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松本のMウイングで北欧の教育や若者支援を中心に盛りだくさんの報告会を聞いてきました。
スピーカーは山﨑明美さん、吉武千尋さん、両角達平さん、中原晴美さん。

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スウェーデンのユースセンター、ユースクリニックの話では家庭や学校以外に仲間と活動できる場や性のことなどをフレンドリーに相談できる場があるのはいいなあと思いました。
北欧諸国では税金は高いけど、公正さとコンプライアンスが重視されオンブズマン制度や民主主義が機能しており、社会保障は手厚い。親の経済力に影響されず自らの力で進路を選択、決定できる。日本も人しか資源がないのだからこれこそが政治のなすべきことだと思います。
学力世界トップクラスのフィンランドの教育は個が重視され、一人ひとり違うことが前提。日本のように「あなたはどんな人でもかまわないけど、ここでそろえてね」というような同調圧力はありません。子どものころからオープンでフラットな対話をベースに物事をすすめ、積極的に立ち止まるギャップイヤー(就学前、中学3年での留年)もあり、自分で進路を決めていく。小学3年生から全てが総合学習のようなアクティブラーニング。職業体験も中2で2ヶ月、中3で3ヶ月あり、50%は職業学校、50%は普通高校へ進学するとのこと。学校は早く終わり先生も余裕があり、副業OKで議員(ボランティアです)やカフェをやったりするとのこと。
日本でも帰国子女や外国人を多く受け入れている学校などで多様性を重視した教育をやっているところもあるけど、まだまだ同調圧力が強くて苦しい思いをしている子も多そう。だいたい家族の中でもそうだからなぁ(うちはみんな○○高校とか、医師とか・・)
精神医療の立場から発達支援、不登校支援等に関わっていますが、日本と北欧とのベースが違いすぎてクラクラします。
やれそうなことはいっぱいあるな・・。
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2016
11.21

第7回不登校を考える県民のつどい

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今年も第7回不登校を考える県民のつどいに参加させていただきました。昨年に引き続き白樺湖近くの望月少年自然の家という山奥の施設を借り切って開催・・。

不登校つどい


不登校経験者や不登校の親経験者、支援者が中心となって組織して不登校の当事者や親に呼びかけて開催する手作りの集まりで、毎年アットホームな雰囲気。ボランティアもいて子どもたちがゲームやスポーツ、トーク、思い思いに過ごせるみんなの広場。自らも不登校経験者の不登校新聞の石井志昂さんをお招きしての講演+グループトーク&発表。ファシリテートもとてもよかったです(※)。その後、グループに分かれての小さな集いでは、今年も医療との関わり&発達障害についてのセッションのアドバイザーとして参加させていただきました。10人くらいのグループだったので模造紙を机に張ってそこに書きながら説明したりしました。いろいろな気づきと元気をいただきました。夜は交流会やキャンプファイヤーなどもして語り明かすようですが、今年も真っ暗な中日帰り参加でした。メンターやピアからさんざんエンパワーメントされるので不登校でもこの場にたどり着けた親子はもう大丈夫だよねと思います。

不登校に関わることのある医療や教育の関係者もこういう会にくれば、学校信仰にとらわれず楽しい不登校生活があることにも気づき、マズイ対応も減り、本当に世界が広がるのにモッタイナイな〜と思いますが、誘えないのは自分の力不足です。

長野不登校を考える県民の会」も手弁当のあつまりで予算的ににも厳しいとのことですが、「つどい」もあと3年、10回までは開催する予定とのことで、県内各地でもプレイベントとしての勉強会なども開催していますので関心を持っていただければと思います。

※ 6人くらいでグループをつくり、グループメンバー(バディ(運命の人)という呼んでいました)がお題に対する答を複数ポストイットに書いて出し合い、グループで一番多かった意見、意外だった意見を代表者に発表してもらうだけというKJ法よりもさらにシンプルなやり方でしたが盛り上がりました。
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2016
09.27

誰のため、何のための政府?

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わが国でおきたヘイトクライムである障害者大量殺人には未だに首相としての言及はありません。社会保障の切り捨ては、国家の役に立たない、活躍できない、輝けない人は死ねという明確なメッセージと思えます。

精神病者の暴発として無視する気なのかもしれませんが、少なくとも犯人は首相に対話をもとめていました。
フクシマ事故前の国会においても吉井英勝議員に的確に指摘されていた全電源喪失のリスクに手をうたなかったことが原発事故へとつながり美しい日本の国土を失いました。

外交においても自分の想いだけで、いたづらに周辺諸国との緊張を高めておきながら、危機管理をうたうのは順番が逆ではないでしょうか。先人が苦労して築いてきた日本への信頼を破壊してほしくはありません。
弱者を切り捨て、子どもの貧困や教育にお金を回さず、未来を潰して、未来に夢と希望を抱くことができる、真っ当な社会を破壊してきたのは誰なのでしょう。自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を軽視・無視しているのは誰なのでしょう。

格差の是正や所得の再分配をせずに、自己責任論(政府の責任放棄)と経済(一部の人の金儲け)最優先という方針で未知の領域に果敢に挑戦して行く先には何があるのか、考えるだに恐ろしいことです。
私は「強い」「世界一の」「世界の中心で輝く」日本なんて望んでません。軍備増強、東京オリンピック、中央リニア、原発よりも優先すべきことはいっぱいあります。

構造改革をおこない、世界中から投資や人材をひきつける、世界一ビジネスしやすい日本にして、強い経済を実現し、経済全体のパイを拡大させなければ、一般の国民が普通に平和に生活して、結婚して子育てするような生活すらおくれないものなのでしょうか?

順番がまったく逆のように思います。みんなから「吸い上げた」税金の使いみちを考えて、頑張りたくても頑張れない状態になった人でも生きていける、まずは普通の人が普通に働いて生活できる国をつくるのが政府の仕事なのではないでしょうか。国民の生活をまもってこその国家です。

総理。
あなたは一体何を代表して、何のためにその座にいるのですか?
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2016
09.09

精神OT、身障OT

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人と環境の双方にアプローチでき医療、福祉、教育のどこにでも入っていける職種が作業療法士(OT)である。(本当は職種はとわない。コストの問題はともかく医師が一番動こうと思えば動けるのであるが・・。)その作業療法士のほとんどが当初より精神科OTと身障のOTとして別々のキャリアで別れてしまうことを以前よりもったいなく残念におもっていた。
なぜかと思っていたら、診療報酬上精神科OTは個別のOTでの算定ができないということが原因の一つとしてあるらしい。場をオーガナイズして集団でみていくのも重要だが、精神科でも療育や心理教育などでも個別のOTのニーズも高まってきている。つくづくリハビリの診療報酬は疑問に思うことが多い。
オーバーラップする領域である認知症や発達障害、高次脳機能障害をとっかかりに精神OTと身障OTが統合されないものだろうか?
そして精神科とリハビリーテーション科が「障害とリカバリー」というくくりで統合される日を夢見てしまうのである。
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2016
07.31

【日曜討論】神奈川県立津久井やまゆり園での事件について

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こ本日のNHKの日曜討論は相模原の大量殺人事件がテーマだった。

この事件については既に様々な議論がなされているが、番組では政権に忖度したのか障害者の置かれている状況や、介護職の労働環境、容疑者の思想の背景にあるものには慎重に踏み込ませないように見えた。そのため植松聖容疑者の病理のプロファイリングもどきや、措置入院後の対応について中心の浅い残念な内容であった。
容疑者は排除され孤立していたというが、偏った思想は一人では生まれ育たない。(いやたとえ生まれてもそれこそ誰も理解できないような荒唐無稽な話になるだろう)
ネトウヨをはじめ元東京都知事やあの憲法改正草案をつくった自民党の中にも同じような思想の人たち、世間にも彼に共感する人もいて彼の思考の中では決して孤立していなかったと思う。
ただ他に対話する相手や表現方法をもたず、さまざまな歯止めをとび超えて実行に至ってしまっただけでむしろヒーローのような気持ちで陶酔しているのではないか?

これまでの報道でも彼の生い立ちや境遇、現場となった施設にはどういう障害者がいて職員はどういう仕事をしている施設なのか、殺された人たちはどのような人生をおくってきたどのような人たちなのかという情報がぜんぜん入ってこない。
他の事件ではマスコミは頼まれてもいないのに悲惨な事件の被害者のプライバシーは丸裸にするのにね・・。
きくところによると津久井やまゆり園は夜勤でも時給905円の最低賃金で14時間連続勤務という過酷な労働環境であったようだ。

彼自身の素因もあるだろうが、じっくり一人ひとりの被介護者とコミュニケーションできるような時間も余裕も研修の機会ももてないような職場環境だったら、障害者は人間というよりモノと思えてくるのも当然だろう。
人間は弱いものであるから閉じた世界の中で追いつめられると、弱者に対する差別や虐待が必ずおこる。
この事件は児童や高齢者、障害者の虐待の延長線上にあり、その先にはT4作戦やホロコーストがあるのだと思う。
必要なのはオープンな対話だろう。植松氏が参議院議長に手紙を送った(対話をしようとした)が、政府は対話をしようとせず措置入院という形で応えたのみであった。そして彼は別の表現方法をとるに至った。

是非、植松聖容疑者ご本人にも出演していただいてオープンダイアログ的に本人に出て対話してもらいたいと思う。できたら彼の手紙の宛先であった衆議院議長、それから同様の言動があった石原慎太郎氏、安倍晋三氏、三宅洋平的なラブ&ピース系の人など多様な人とも対話をしてもらいたい。また家族の代表はいたが、知的障害の代表もいなかったのも片手落ちだ。(本当なら国会でこそ、多様な人をあつめてこういう議論をすべきだ。)

土井隆義氏という社会学者が「監視よりは関心を。異質な他者と出会ったことがないとよくわからない。関係を閉じるのではなく開いていくこと。境界のむこうにいつ自分が行くかわならないとなると常に不安。境界のない社会をつくっていかないといけない。」というまっとうな意見を述べていたのが唯一の救いであった。
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2016
05.21

全ての子どもに特別支援教育を

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夜回り先生(水谷修)のブログ記事について・・。

障がい児「カルテ」の報道について

”子どもたちの一生に関わるこの「カルテ」、書かないでください。こんなものがなくても、必要な児童生徒に対しては、次の学校が決まったときに、口頭で引き継ぐことは出来ますし、今までもそうして、子どもたちを守ってきたはずです。”

うーん。
これってアメリカなどの個別教育計画にならってのことですよね。
全ての子どもに対して個別に必要な支援をして教育の権利を守るという考えになれば、差別という話にはならないと思うのですが・・。
差別的だから差別と思えてしまうのかなぁ・・。
教育の世界と医療や福祉の世界のスタンスの違いでしょうか?
素人の教師に一生に関わる障害があるかないかを判断させるのが不安といいますが、一生に関わるからこそサポートが必要なんです。
教員がプロになれば良いのだと思いますが・・。ただ未来を担う子ども若者の育ちに関する、社会の関心も、予算も圧倒的に少ない中で、教師だけにそれを担うのは酷でしょう。

障害というのは支援の必要性で定義されるから、スペシャルなニーズに対してサポートをきちんと受ける権利は保証され、その支援の連続性が担保できるような方策は公の責任としてちゃんと取るべきだと思います・・。
もちろん全ての教員がきちんと理解とスキルがあり引き継ぎがきちんとなされれば良いのでしょうが、学校や事業所ごと、医療機関ごとで支援スキルのバラつきが大きい中で、情報をまとめておくことは必要でしょう。
それが教育現場のレベルアップや文化をつくることにもつながると思いますよ。
(ただ私もカルテという言い方は違和感があります。医療モデルで上から目線、プロブレムオリエンテッドで、秘密、権力、独占な感じです。主体はあくまで当事者におくべきです。)

現状の差別的な価値観の政府の元で公的機関が個人情報を集約することに抵抗がある人もいるだろうから、現状では本人、養育者の側でサポートブック、育児ファイル、ポートフォリオみたいな形で専門家がサポートしながら情報を集約化しているわけですが・・。

医療側もなかなかちゃんとアセスメントや伴走、教育現場との協業ができてはいないので、それは我々の課題ですね。
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2016
04.08

昨今の認知症治療薬について

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認知症は人生の戻り道の障害・・(障害は支援の必要性で定義されます)
発達障害の逆のいわば「解体障害」だとおもっています。

「解体アンバランス症候群」ですね。
そして本人の体験からすると「慢性混乱症」です。
認知症ケアは緩和ケアでもあるともいえます。

脳の特定の部分のみ先行して解体していくアンバランスさが辛いのです。
ですので認知症治療薬はバランスをとるための自助具の一つとしてとらえるのがよいかとおもいます。
それももちろん十分なケアやサポートがあってのことですが・・。

昔の認知症に効くという触れ込みの薬(ホパテとかアバンとか)は厳密に再検証すると全く効果がなかったそうです。
一方、アリセプトに代表される今の薬は特に比較的若い人、ギリギリ一人暮らしをしている人などには使わなければもったいないというくらいの薬にはなっていると思います・・。
ただイライラしている状態に脳を冴えさせる薬(アリセプトなど)をつかうとカリカリしてよけい辛いことになります。
使い方には注意が必要です。
メーカーの誘導のように全例にアリメマなんて破壊的なことはやめましょう。
あわないメガネを無理やりかけさすみたいなことになるから・・。
コウノメソッドのコンセプトには賛成できます。

個人的には認知症治療薬は認知症とわかってから遺言や成年後見人を準備したり、介護保険サービスなどのさまざまなサポートが入るまでのリリーフ、時間かせぎのイメージです。

また超高齢者には特に希望があれば使うというくらいのスタンスです。
なぜなら身体面などの衰えとバランスが取れているから・・。
いたづらにバランスを壊すとよけい苦しめることになりかねません。

やめどきに関しては議論されることは少ないですが施設に入所したり(このあたりの老人保健施設ではあっさり切られてしまいます)ベッド上ADLになったときでしょうか。

あくまで個人的見解ですが・・。

(参考)
ここが知りたい! 高齢者診療のエビデンス [第1回]認知症治療薬,どう使う? 関口 健二


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2016
03.30

家族会レジュメ

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統合失調症とは「思春期以降に発症し、自明性の喪失、自我障害、幻聴をはじめとする異常体験、(結果としての二次的な妄想も)、認知障害を主症状とし、ストレスがかかると思考や行動がまとまらなくなる疾患。ドパミン遮断作用を主作用とした抗精神病薬に一定の効果(症状の軽減、再発の予防)がみこめる」症候群である。体調管理や周囲の人とうまく波長を合わせることが苦手となり、さまざまな生活障害や関係性の障害を生じる。孤立や不安、対人関係のストレスやささいなライフイベントで症状が悪化する。

アナロジーとしての他の疾患
・ 戦場から戻ってきた兵士(異常体験の例え)
・ 因幡の白うさぎ(過敏性の例え)
・ 糖尿病 (素因+環境因。生活習慣)
・ 身体障害(障害としての例え)
 
丸投げから自律へ。(たとえ病気や障害があっても人生を取り戻し、自分なりに生きていけること=リカバリー)
以下のような関わりをバランスよく行うことが必要。

薬物療法、特に治療抵抗性統合失調症治療薬クロザピンについて
・ ドパミン遮断作用以外の作用がある。(めざめ現象)
・ 重大な副作用ありモニタリングサービスを利用した厳密に使用。
  ・ 症状を抑えるだけではなく、回復しやすい脳内の環境をつくる。
オープンダイアログ(開かれた対話)について
  ・ モノローグ→ダイアログ。対等な関係での対話の継続を目的とする
・ 精神的危機が生じた早期からの関係性の維持、修復を目指す
・ 治癒や回復はその結果
社会スキル療法(ソーシャルスキルトレーニング)SSTについて
・ ストレスに対処するスキルを身につける
・ レジリエンス(しなかやさ)の向上
生活支援(包括型地域支援プログラム(ACT)など)について
  ・ 多職種チームによる密で継続的な生活全般に渡る支援
・ 仲間づくり、居場所づくり、就労支援、周囲への支援

薬物療法には効果をみとめるが薬だけでは回復しない。周囲がどのような「まなざし」で接するかにより経過は異なる。害をなすことなく伴走者として回復促進する環境づくりを手伝うことが医師の役目である。

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2016
02.06

強度行動障害をともなう自閉症の方の長期入院について

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強度行動障害をともなう重度の自閉症の、BPSDの激しい認知症の方、症状や生活障害の重度の治療抵抗性の統合失調症の方など現在の福祉制度で支えきれない方が精神科病院に流れ着き、適切で十分な支援が受けられないまま長期に渡り入院し医療現場を圧迫している現状があります。

認知症は進行性の疾患ですから数年と期間も限られ、体力も弱ってきており、また理解も広まり、地域の資源も増えてきており世論と政策の力を感じています。重度の統合失調症の方では同様の問題はありますが、クロザリルなど有効な治療薬も使えるようになり、ACT(Assertive Community Treatment)のようなの動きもでてきています。

一方で、最近、強度行動障害をともなう重度の自閉症の方が入院して、病院では居場所の提供以上のことはできないのですが長期間にわたり保護室などから動けず診療機能の低下をきたすということが増えています。
自閉症者、特に重度の自閉症者は少数ですがその支援は長期にわたって必要であり、他の障害とくらべても支援体制の構築は遅れているように感じています。

自閉症の方の場合、体は大きく行動は激しくなりますが、例えば10歳で1歳、20歳で2歳程度の知能、 社会性、衝動性がずっと続くとイメージしていただければ大変さが想像できるかもしれません。
激しいパニックを繰り返し、窓から飛び降りるなどの自傷や、つきまとったり、殴るなどの他害があったりします。
体も大きく力も強いので大変です。

このような状況ですが、契約中心の自立支援法の制度をめいいっぱい使っても在宅での生活は困難で地域のリソースも限られ、家族のがんばりに相当頼っており、行政による措置は虐待事例が発生するまでありません。

自閉症向きのハードウェアをそなえたショートスティ施設、マンツーマンに近い支援体制があれば重度の方でも家族と地域で暮らせるはずなのですが・・。地域での実務の大半は施設や地域の生活支援員が中心で、強度行動障害支援者養成指導者研修などもありますが質、量ともにまったく足りておりません。

政策的に今後は大規模な施設は作らない方針のようであり、自閉症者の施設でも予算もまわらず人もおらず、疲弊しており、重度の方が地域で困った際には社会資源が他にないとどうしても入院といった形態をとらざるを得ません。
しかし自閉症者向きでないハードとソフト(後述)の精神科医療機関では当事者のためにもならない上に、診療を圧迫し診療機能の低下を招いています。
また長期の入院をみとめない医療制度の中で病院経営を圧迫しています。

自閉症の行動障害に対して医師ができることは、実はあまりなく、少々の投薬と家族や支援員のバックアップくらいです。
精神医療現場は強度行動障害における支援には不向きな環境と思います。
まず静かな個室も少なく空間の構造化の不十分な精神科病院は自閉症の方にとって混乱も多く、入退院も多くドタバタとした急性期病棟ではきまった時間に散歩をするなどの時間の構造化も難しいです。

行政にも責任をもって動いていただきたいところですが、県立こころのケアセンター駒ヶ根や独立行政法人小諸高原病院などの公立病院もあたっておりますが、すでに同様の方が複数いたり、個室が少ないなどの理由でなかなか受け入れてもらえません。

療育の失敗のように言う方もおりますが、私はそれに加え、特別支援学校をでてからの支援の圧倒的な乏しさも課題なのではないかと感じています。

具体的な事例についてはたくさんあげることができますが、まずは地域の福祉および医療現場での苦境を多くの方に知っていただき、予算措置や法整備など政策的な支援を増やしていくことが必要なのではないかと考えています。

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2016
01.23

「こころの病とは?」、精神医療はどうあるべきか?

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平成28年1月22日 大町市福祉センターでの学習会の講義のまとめです

精神疾患・障害とは?


医療である精神科では外因性→内因性→心因性の順番に考えるのが原則。

   ・外因性 (身体疾患や脳の器質的な異常:脳腫瘍、内分泌疾患、脳炎など)  
   ・内因性 (器質的な異常も想定されるが原因は未解明:統合失調症、躁うつ病など)
   ・心因性 (心理的反応の延長で理解可能:適応障害、心因反応など)
      
このなかで統合失調症、気分障害などの内因性精神疾患が精神科の中心領域。

精神障害は見えない障害ゆえに「なまけている」などと思われ本人の苦しみが理解されにくい。
「精神疾患などないのだ。精神医療が諸悪の根源」というような人もいて苦しみは倍増。

代表的な精神疾患。

 ・高次脳機能の障害(記憶、注意、遂行機能、言語・)(脳外傷、低酸素脳症、認知症等)
 ・気分(感情)の障害 (うつ病、双極性障害、気分変調症等)
 ・依存症(物質、プロセス、関係) (アルコール依存症、ギャンブル依存症、摂食障害等)
 ・発達障害(知能、社会性、衝動性)(知的障害、自閉スペクトラム症、注意欠陥多動症等)
 ・心理的ハンディキャップ(情緒障害、愛着障害等)
 ・思考のまとまり(統合)の障害(統合失調症、妄想障害等)
 ・対人関係のパターン(パーソナリティ)など

あらゆる精神疾患に共通なこと。

 感情や思考のコントロールの喪失、優先順位が狂う、選択肢が見えなくなる。
  →拒絶や攻撃など、支援を受けること自体に支援が必要な状態。(ここに専門性)

 人間関係の障害(特にコミュニケーション)、生活障害(日常生活をうまくまわせない)。
  →つながりが断ち切られる。社会から排除され、居場所を失う。(悪循環)
    
 ひきこもり、自死や他害に至る。
 この悪循環を逆に回して良い循環にしていくことがすなわち治療でもある。

その人を疾患、障害、人生の3つの視点から見つつそれぞれにアプローチをする。このバランスが大切。
それぞれが得意な専門職がいる。

◯疾患(病気):
  病因論から見ていく。プロブレム(問題点)をあげ、治療介入していく。
  薬物療法による治療、mECT等 
  (医師、看護師、薬剤師、栄養士等)
◯障害
  本人の機能障害、周囲の環境による活動、社会への参加などが複合的に関連。 
  環境調整、代償方略、リハビリテーション、SSTなど
  ゴールを設定しリハビリテーションを行う。
  (作業療法士、言語聴覚士、看護師等)
◯人生
  本人の価値観、希望、どのような物語をいきて来たか、生きていくのか。
  リカバリー志向の関わり。
  必要な支援をおこなっていく。
 (PSW、臨床心理士等)

社会装置としての精神医療  

医療は福祉の一部、福祉の土台がない医療は無力であり無意味。

精神科に相談すべきタイミング
社会から孤立し死にたくなった時、うまく眠れない時、自分の思考や行動がコントロールできなくなった時、家族や周囲の人がそのような状態の時

「溜め」の少なくなった人の最後の駆け込み寺 (セーフティーネット)
少なくとも一緒に考えてくれる人をまず一人得ることができるはず。

切迫する希死念慮、幻覚妄想状態、躁状態やうつ状態などの場合、精神保健福祉法にのっとり精神保健指定医の診察にもとづき非自発的入院もありうる。
  (医療保護入院、措置入院、医療観察法入院)→人権の一時的な制限も 

有限な医療福祉資源の分配(トリアージ)→誰に支援が必要かを誰が決める?

診断書や精神保健福祉手帳、いわゆる障害者手帳・・。障害年金など・・。
成年後見人など判断能力の判断。
復職など就労能力の判断。

診断(診たて)をもとに多職種、多職域チームで関わり、応援団をつくり、自立とリカバリーを支援する。様々な学問分野、制度、手段、ネットワークを総動員。パスを回す。

当事者のもつ力(ピア・サポート、自助グループ)を引き出し、利用する。

  アルコール依存症(断酒会・AA)や薬物依存症(DARCなど)のセルフヘルプグループ
  最近は摂食障害や統合失調症などでも・・。 
  ひきこもりの子をもつ親の会、発達障害とか精神障害の家族会など・・
  
    さまざまな会をつくったり維持することを専門職としてサポートする
     (サポーテッドピアサポート)

・自立とは?・・スキルを増やすこと、依存先を増やすこと
・リカバリー志向とは?・・病や障害などで失ったものを回復する(人生をとりもどす)こと。
     それに振り回されない。それも含めて自分だと思う。
・物語(ナラティブ)の書き換え・・過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる。
         
        生活の力。人薬(仲間)と時薬。人は人によって傷つき人によって癒される。

個人に対するアプローチ

薬物療法:自助具としてのお薬
精神療法:対話を続ける、物語の書き換え、共同研究方式
リハビリテーション:スキルの獲得、居場所の再獲得

◯まず、つきあうこと。とことんつきあうこと。・・共揺れすることも時に必要。
 大変なケースに一人で関わらない。距離をとるのではなくチームでかかわる。

◯どういう「まなざし」で接するか?
   侵襲的になってはいけない。強み(ストレングス)を活かす。回復を信じて伴走する。
   支援者が限界を決めない。考え、価値観を押し付けない。
 
◯認知・行動・スキルにこだわる 
   生活習慣を整える、対人関係のパターンなど。研究し、練習する。
     (行動分析、認知行動療法、SST(Social Skills Training)

◯本人と本人を取り巻く構造(システム)を分析し、チームで有効な介入を行う。
   多問題のケース。対話を促す。
     (家族療法、対人関係療法、環境調整など)

◯関係者の対話の場を設定し、対話をつづける
   オープンダイアログ(開かれた対話)、結論をあらかじめ決めない、体験を共有。

治療、支援の場面  
・ 訪問(アウトリーチ)・・・体験を共有。関係づくり、生活相談、支援
・ 通院・外来治療(よろず相談+自分の全てを総動員、つきあう。)
・ ディケア、就労支援 (仲間づくり、練習、居場所や役割、リハビリテーション)
・ 入院治療 (一時的な保護、集中的な治療、良質な休養、取り巻く構造の変化)

※フットワーク、チームワーク、ネットワーク

社会に対するアプローチ
 

 目立つ、声の大きい人だけに関わらない。支援をうまく得られないまま自死する人もいる。
  潜在的なニーズ(気付かず型、我慢型)にも目を向ける

  偏見をなくすために、理解と支援を広める、居場所づくり、運動論的展開
    他者の権利を侵害しないかぎり、多様な価値観を認める。
   
    全員参加型の社会。(活躍しなくてもいい)
    弱いつながり(ウィークタイズ)を大切に
  
  生存権、幸福追求権の保障、弱者が声をあげられる条件を整える。
         当事者と専門家、行政の協働

      地域に多様な支援体制、居場所と出番を(医、職、住、遊、友・・)
     弱さを絆に地域をつむぐ。
  
 「あなたは大切な人で生きている価値がある」というメッセージのあふれる世の中に・・。
  苦しい時に苦しいと声をあげられる社会に。その声を拾える社会に・・・。
  ひとりでしない、ひとりにしない。



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2016
01.10

「ぷれジョブいけだ」 講演会

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インサイト


あづみ病院のある池田町でぷれジョブ活動をしている「ぷれジョブいけだ」主催の講演会がありました。

タイトルは「自閉スペクトラム症・発達障がいの人たちの「働く」について考える」

 障がい支援事業所や障害者雇用のコンサルティングとマッチングをおこなっている(株)インサイトの関原深さんのお話でしたが、とても良かったです。

 スーパーアスペルガーは研究職や職人等クリエィティブな分野などで活躍してもらうとして、高機能群、知的障害を伴う群など、それぞれに特性に合わせた仕事を、周囲が限界を決めず、適切な目標設定で、高付加価値領域を目指すというのが基本のようです。
実例も多くプラクティカルでなんだか前向き、特性を面白がり、上から目線でないのがいいですね。

特性を活かすために仕事のプロセスを切り分け、ルチーンづくりを手伝い、仕事をトスする。
指示はポストイットで、OKなら「ありがとう」くらいのシンプルなやり方で上手く行ったケースなど。

職場としては人格ではなく事象に注目し、考え方や価値観ではなく行動を変えてもらうことがポイントのようです。
たくさんある福祉事業所を企画力と支援力で応援し付加価値を高める。

当事者の側としては、その人のキャラなりに愛されて教えてもらい続ける可愛げ、愛嬌をどのように獲得するかですかね。
グローバル競争でローコストがバリューというところはなくなりはしないでしょうが、自閉スペクトラム向きの安心・安全・丁寧といった仕事はまた国内に戻ってくるのではないか?とおっしゃっていました。

障害者をあえて自立させないパラドックスからの脱却を目指す障害者支援の分野は広い意味でのワークシェアリングで、いろんな可能性があり、クリエイティブな分野だと思いました。
悪徳事業所がビジネスとして参入し、制度や障害者を喰い物にし、クリームスキミングを行うことで悪貨が良貨を駆逐してしまうという心配はありますが・・。
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2015
12.27

 精神科医は何を知り、何を知らないのか。何ができ、何ができないのか。

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 当事者の時代のキーワードはオープン、フラット、シェアだそうだ。これらは個々のケースにおいて、また社会全体において精神医療が目指すべきところでもある。オープンダイアログというフィンランドでの実践が注目をあつめているが、我が国でも当事者と家族、専門職がフラットな立場で対話をかさね協働する新たな治療文化が育ちつつある。統合失調症という事態に関しても、当事者が体験をオープンに語るようになることで、幻覚や妄想の体験から、認知障害、生活障害、対人関係障害などの生きづらさ、当事者、家族の苦悩、そして様々なリカバリーの物語が広くシェアされるようになった。

 この流れに一番乗り遅れているのはコミュニケーション力と想像力に困難をかかえた医師たちかもしれない。正体不明の難しい病気に圧倒され、社会から孤立し、全てをあけわたし、人生をあきらめた当事者と家族。社会から隔絶された閉じた避難所、収容所としての精神科病院、密室の診察室に閉じこもり、当事者の体験に耳をすまさず、強みに目を向けず、薬を増やすしかできない医師。そんな時代は終わった。精神疾患へのスティグマが減り、理解と支援が広まれば、悪循環から病状が悪化させることもなくなり、当事者や家族の苦悩も随分違ったものになるだろう。

 精神科医に出来ることは何であろうか?よい薬も増えてきた。医学、生物学的知識や統計データなどの膨大な医学知識のプールに適切にアクセスし、生命と暮らし、そして人生を守り支える最善の治療方針を考える役割は変わらないだろう。研鑽と勉強を続けなければならないし、製薬会社や医療産業の金儲けの手先になってはならない。そして精神保健指定医には一時的に人権を制限せざるを得ない決断を求められることもある。有限な医療福祉資源を適切に分配することも医師の大切な役割だ。医師は常に情報の非対称性や、権力構造、患者の体験や生活、人生を知らないことに自覚的である必要があるし人権感覚が求められる。

 しかしこれからは何よりも受け身の患者から主体的な当事者にすること、すなわちエンパワメントとリカバリーを支援することが求められる。そのためには当事者の人生によりそい、時に振り回され、病に翻弄された人生をとりもどす伴走者としての役割が求められる。そしてそれはコーチや共同研究者としての役割に変化していくだろう。医師がいい動きをすればチームはよく回る。当事者のストレングスや家族や地域の多職種、ピアにできること、地域のリソースを知っていることも必要である。治療や支援の設計図を描き、応援チームを形成し、つなぎ、支え、仲間を増やし、勇気づけ、そしてそっと離れることが理想である。さらに居場所づくりや、仲間づくりを手伝い、声をあげる場をつくることにも関わりたい。

私は研修医時代から地域に出ていき協働する文化のある病院・地域で育てられた。そして精神科医としての駆け出しのころから、地域の家族会からNPOを立ち上げ、居場所や働く場、情報交換や発信の場をつくることにかかわらせてもらうという幸運にもめぐまれ、精神科医として成長させてもらったという思いがある。精神医療のユーザーはまず見どころのある若手の医師と病棟や診察室から離れたオープンでフラットな場で対話をつづけ、病の体験やリカバリーの物語を伝えるとともに、現時点の医療にできることとその限界もシェアしていただきたいと思う。

(2016年3月25日〜26日の第11回 統合失調症学会のシンポジウム、【当事者と家族の体験としての統合失調症】の抄録です。)

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2015
11.25

アウトラインプロセッサのWorkflowyが秀逸すぎることについて

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知識を整理したり、アィディアをだして頭のなかを空っぽにすると実にすっきりする。
もはやそれを覚えておかなくてもいいからだ。
その際にマインドマップという手法があり、それをPC上でおこなうアプリケーションも複数あるにはあるが、どれも今ひとつしっくりこなかった。

コンピュータの上では同じことをするのならばアウトランプロセッサを使ったほうが簡単だし素早いことに気づいた。
テキストエディタやWordなどでもできるのだが、Workflowyというオンラインのアウトラインプロセッサは実に軽快で秀逸だ。
スマホ用のアプリと連携すると、どこへでも持ち出せる外部脳として軽快に使うことができる。


Work


TODOやライフログ的にも使える。
ブログや講演のネタなどアイディアをいじるのにも便利だ。
ショートカットを使いこなせば、素早く、思考とズレなく操作できる。
毎日使っていると日々、ツリーが育っていく。
リンクもはれるしタグも付けることもできる。
自分の脳の中身全てを外部に取り出して思考全体を眺めているような不思議な気分になる。

惜しむらくは図を貼り付けたりすることが出来ないことだが、ヘビーユーザーはEvernoteなどと連携したりしているようだ。

無料版でも月に250アイテム追加できる。
試してみるにはこれでもまずは十分だが、外部脳としてこなれてきてどんどん使うようになると物足りなくなる。
無制限の有料版のProもあるが、以下のリンクからだと+250アイテム追加され500アイテムからスタートできる。
(紹介した私にも+250アイテム)

 是非、こちらからお試しください。

自分の立ち位置が見えず世の中を把握したいASD特性のある人や、整理が苦手で忘れっぽいADHDの特性のある人には特にためしてもらいたいツールである。


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2015
10.12

当事者・家族団体など地域保健福祉でのコミュニケーション

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とある教科書に書かせてもらった原稿(案)です。

DOs
  診察室から現場に出てニーズを肌で感じよう
  当事者や家族、地域の支援者から学ぼう。
  当事者・家族と協働して地域づくりにも参加しよう

1 精神科医は地域で育つ

ある地域や分野で覚悟をもって一生懸命医師を続けていると、自然と自分のテーマが定まってくるものである。もちろん自ら選んでという側面もあるが、当事者たちに選ばれてということもあるだろう。彼らのニーズに応えようと勉強したり、研究したり、共に活動したりすることで、自然と専門性が深まり、ネットワークもできてくる。当事者や地域の支援者の医師への期待は大きいものがある。まずは地域の当事者会や家族会に一参加者として足をはこんでみよう。偉ぶらなければ歓迎されるはずである。大切なのは当事者から学び、協業する姿勢であり、その謙虚さがないと医師は権力を持つだけに裸の王様になってしまうおそれがある。

2 現場でニーズを感じよう

診察室や病棟だけで患者さんと関わっていても実際の生活を想像するのは難しい。また精神障害とは支援を受けること自体に支援が必要な障害であるから、そもそもアウェイである診察室まで出て来られない患者さんも多い。フットワーク軽くできるだけ時間をつくって実際に自宅や日中活動している場、支援の現場におじゃましよう。現場に行ってはじめて分かることも多い。患者さんや家族の想像もしていなかった苦労や、強さを知ることになるだろうし、地域の中で使える資源を見つけることも出来るだろう。また回復、成長し、地域の中でどっこい生きている当事者の姿に触れると、こっちも元気になれる。地域の支援機関や、家族会、当事者会などにも積極的に顔をだし御用聞きにまわろう。問題解決に丁寧にかかわるうちにネットワークがひろがり、いろいろ頼まれたり頼んだりする関係になるだろう。

コツ
ひとりでしない、ひとりにしないこと。おっくうがらずにこまめに連絡を取ること。薬だけではなく人薬や時薬、役割を処方すること。


4 当事者の力を活用しよう

精神疾患の当事者や家族は、長い人では当事者歴ウン十年のベテランであり、その病状のために社会との間でさまざまな苦労を経験して生き延びてきたのである。その苦労に思いを馳せると、関わるのが大変な患者さんでも尊敬の念がわき襟を正さなければという気持ちになる。また障がい者は支援をうけるプロでもある。一人では生きていけないのも芸のうちというが、彼らには地域を紡ぎ、変えていく力がある。多問題で大変なケースには必然的に多くの支援者が関わることになるが、支援者間のつながりをつくり結束を固める力がある。長い経過の中で投げやりになったり、人生を諦めてしまったり、居場所を失っていったようなケースでは、他の当事者の力を借りることで勇気づけ、人生をとりもどすことができる。


3 リカバリー志向で行こう

目の前の当事者がその人なりに地域社会の中で幸せに生きていくために、よろず相談にのり、自分のすべてを総動員するというスタンスでかかわっていると、診察室だけでの関わりでは限界を感じるようになる。自助具としての処方薬をともにつくることに加えて、たとえ病気や障がいがあってもその人なりの人生をとりもどすリカバリーのプラン(設計図)をともにえがき、多職種や多職域の支援者で応援団をつくり生活全般を支援していくことが求められる。他の当事者によるピアサポートやセルフヘルプグループは大きな力になる。なければ地域の支援者や当事者に声をかけ新たに立ち上げるのもよい。コツはあくまでも裏方としてサポートに徹すること、参加者が少ない時期でも場を維持することである。また鈍くならずにめげないために医師にもピアサポートが必要である。愚痴を言い合ったり、相談できる仲間を大切にすべし。


 
Pitfall
なんでも自分でやろうとしすぎないこと。当事者の夢を奪ったり、力を削がないこと。

4 地域づくりに参加しよう

医師の役割は「臨床」、「研究」、「教育」といわれるが、これらに「弱者の権利擁護」と「地域づくり」を加えたい。医師は有限な保健医療福祉資源を守り育て、医倫理と科学的判断に基づき必要な人に配分するという重要な社会的役割を担っている。精神障害者の権利を擁護し、権利を行使することも支援しよう。当事者や家族、地域の人がゆるく集まれる場をつくり、当事者が声をあげられるイベントを開こう。行政や政治家、他の職種の支援者と協働して制度の改革にも関わろう。先進的な地域の取り組みをパクリ、地域に必要な「医、職、住、遊、友」をつくり育てよう。そうした運動や実践を続けることによって弱者をまもる地域文化が醸成されていく。そしてこのろくでもない世界がすこしずつではあるがマシなところに変わっていくことが感じられるのも楽しいことである。

Don’t 
 医師としての立場や力に無自覚であってはいけない。
 自閉的な診療で、気難しい使い勝手の悪い医師になってはいけない。

ゴーサンニの法則

私が初期研修を受けた長野県の佐久総合病院には、すべての職員が病棟業務に5、外来業務に3、地域活動に2の力を配分しなさいというゴーサンニの法則というのがあり、在宅医療や出張健診、病院祭や地域に出ての寸劇や文化活動をおこなうなど地域医療(運動)が根付いていた。また患者会や家族会との関わりも盛んであり、そこでの経験が自分の原点となっている。その後、精神科医として駆け出しの時期に、行政の建物の一角で精神障害者の居場所を運営する地域の家族会の方と知り合った。そこに出入りするなかで育てていただき、その会を母体にNPOにして生活支援、就労支援、地域づくりの拠点のコミュニティカフェをつくることにもたずさわらせてもらった。その他にも病院で毎日うまれる仕事(食器洗浄、クリーニング)を利用しての精神障害者の働く場をつくるなど、今もゴーサンニ(今は外来5、病棟3、地域2くらい?)で楽しく精神科医をやらせてもらっている。


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2015
09.20

絶望と希望、終わりと始まり

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安全保障法案(戦争法案)が国会を通過したことになっているようです。

まあ、これからが本番です。

この国では国民のいのちや暮らしより、一部の人のお金や権力のことが大事な人達の手先が私達の国の重要なことをきめる場所に多くいるようです。彼らはルール(憲法など)をもまもりません。自分たちの都合のいいようにルールを変えていきます。
安全保障環境の変化などといいますが、これはもはや国家と国家との問題ではありません。資本主義の胴元連中(いわゆる1%)は世界中にいて、どの国にいようと、そういう連中はただ戦争をおこしたいのです。金儲けのチャンスが産まれますからね。

やつらの作戦はまず、NHKをはじめとしたマスメディアの多くを抑えることです。スポンサーがなければ干上がってしまう民法や新聞も抑えられているでしょう。秘密保護護法により、国家はこっそり物事をすすめられるようになりました。すでにインターネット上での言論の自由もあやしくなってきています。

次に多国間協定に見せかけたTPPなどの騙し手により医療や農業、制度、文化などの社会共通資本(≒いのちと暮らし)を破壊し、金儲け連中に差し出します。
そうすれば、市民の生活を貧しくして生かさず殺さずのカツカツになり市民はますます政治に参加する余裕がなくなります。そうすれば権力者(1%)のやりたい放題になり、経済徴兵制もしくことができます。
各国の国民、市民はいなくなり国畜、奴隷ばかりになります。

そういう世界を望んでいる連中がいるということです。

ただ、希望はあります。

今回のことで政治活動は選挙だけではないことに多くの国民が気づきました。
政治に参加するなんてなんかかっこわるいという空気から、ちゃんと見ていないと、しっかりかかわらないとヤバイと気づく人が増えました。
デモに参加することも普通のことになりつつあります。
上述したような、この世界のからくりにも多くの人が気づきつつあります。
まずは弱者の声をあげる場をたくさん作ることです。
身近なところから民主主義をとりもどしていくことです。


リレートーク

市民の側の不断の、そして普段からの努力が必要です。

私達の未来は私達が決める!

ただネットの中だけで声をあげていても、届く人は限られていますから、周囲の人と政治を話題に話してみたり、自分の車やカバンにステッカーを貼ることくらいからはじめてみましょうか。

歌

(すぐ近所の公園での集会に参加。一人ひとりの市民が声をあげていました。)
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2015
05.29

「発達障害についての基礎知識」

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一般社団法人アンダンテ第2回記念講演会

「発達障害についての基礎知識」
 6月14日(日)13:00〜15:30
 庄内地区公民館 1階大会議室  入場無料

当事者が語る時代です。
新保文彦氏、上村聡美さん、木村明子さんとなかなか濃ゆいパネラーが集まりました。


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2015
04.20

どこへ向かう?介護保険

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平成27年度介護報酬改訂について、4月18日、長野市で厚生官僚の迫井正深先生のレクチャーがあったので聞いてきました。以下はその感想です。
 少子高齢化がすすみ国全体の貧困化がすすむなかで、介護保険をはじめとする社会保障費の削減、総量規制の方向は仕方ないのかもしれません。軍事費の増大や企業や投資家優遇などの政策をみると本当にそうか?という問題はありますが、それはここでは述べません。
 全体は切り下げられましたが、リハビリテーションにマネジメントの考えをいれたり、看取り期の対応を充実させたり、摂食嚥下、栄養管理、口腔ケアへの取り組みなど、さまざまな加算で人を雇い手間暇をかけている頑張っている事業所が優遇されるようにメリハリをつけ、ディテールに手が入れられていました。病院からの訪問看護を評価して推進するなどのことはとても素晴らしい仕掛けであると思いました。方向性としてはバランスもとれており、とてもよい改訂だと思いました。
高齢者が安心して地域で最期まで生活できるように支えるために医療の役割は大きいです。
 しかし、今回の改訂でも介護保険制度は特に重度の要介護者では介護者がいないと成り立たない制度であるという根本的な問題点は解消されていません。
 
 住み慣れた地域での生活を支えるため大規模な施設での介護は減らす方向で、さまざまな誘導がおこなわれ、在宅シフトがおこなわれています。サービスを自由に選んで契約することができるといっても特養などにはなかなか入所できません。在宅もどきの施設が増えるだけという意見もありますが、悪徳事業者に対する対策もおこなわれているようです。しかし利益を重視する民間企業ですからいたちごっことなり、書類が増えるなどのコストがかかるばかりのような気もします。
 本人あるいは家族にお金があれば民間の有料施設に入れるという選択肢もでてくるのでしょうが、親を一人で介護しているような人が介護離職を求められ、ますます貧困になっている現実があります。
 医療においては要医療度度などというものはなく、DPCなど診療報酬での縛りは増えていますが、まだ医師の裁量で入院ということが可能な部分がまだありますので、身体的、精神的、社会的に難しい方が医療に流れてきます。そしていったん入院されると、状態が安定してもなかなか退院していただけません。
 特に家族にとっては入院している方が福祉医療制度などを使うと介護保険をフルに使って自宅で介護したり、介護施設を利用するよりも安く入院でき、手厚いケアを受けられ、楽であり、さらに民間の医療保険からの給付を得られる場合もあるため、家族が本人の年金にぶら下がって生活しているなど経済的に困窮している場合など、あの手この手で逃げまわり退院から逃げ回るケースがあります。
社会的入院は許さない診療報酬に変わりつつある現在、病院経営者からの圧力も厳しく、患者の間に挟まれる臨床医が疲弊しています。
介護費が減っても医療費がふえては意味がありません。障害者施策、医療制度、貧困対策や失業対策などの他のさまざまな社会保障制度とも整合性がとれていなければ矛盾は医療機関、その最前線の臨床医にあつまります。
上記のような現状を述べ、他の社会保障制度との役割分担についてどのような話が政府や厚生労働省内で行われているかということについて聞いてみましが、「それは・・モラルハザードで、民間の保険なども含めて、どのような仕組みがいいのか皆で考えなければいけない問題で・・・。良いソリューションがあればいいのですが・・。」と明確な回答は得られませんでした。
結局、だれが本当に困っている人かということを誰が判断するのか?という問題に帰結すると思います。現状では医師がかなりの権限をもち医療福祉資源のトリアージをおこなう社会的な役割を担わされているのですが、限界もあります。
 選挙で選ばれた基礎自治体の首長(と行政)に責任と権限(裁量)を与えて、介護保険以前の措置の時代のように、困っている人を判断して救済できるような部分を介護保険制度にもとりこめるようにすれば良いのではないかと思います。
現状では虐待でもなければ措置という扱いにはしてもらえませんが、医療に矛盾をおしつけるのではなく、行政にもう少し責任と権限をもつ部分をつくってきちんと対応すべきだと思うのですが。
そしてその行政にきちんと動いてもらうためにも、市民もどのような生き方そして死に方をしたいのか、どのような社会の形を望み、制度をつくっていくのか、そして皆から集めたお金をどう配分するのかを日頃から真剣に考え議論し自分たちの代表である政治家を選ぶ必要がありますね。
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2015
03.29

家族会。スライド使わずにやってみた。

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村の保健師さんからの依頼で、昨日は安曇総合病院から40kmはなれた松本平の南の端、朝日村の精神障害の家族会「たんぽぽの会」に、となり村に住んで通信制の高校に通う当事者の方(ピア活動で活躍中)と一緒に行ってきました。
会は村の健康センターの一室のディケアの一室でお茶やお菓子などをつまみながらの開催でした。
高齢化はすすんでいましたが、とってもいい雰囲気の家族会で、ボランティアの民生委員さんたちも元気でした。男性参加者(父親)が多いのがいいなと思いました。小さな市町村はいいですね。
参加者は15人程度と少人数なのでスライドは使わずにやってみましたが、ざっくばらんな感じで進行してよかったとおもいます。
当事者の場、家族の場、支援者の場、いろんな場が増えていけばいいですね。
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2015
01.24

平成27年2月21日(土)べてるがほたかに来ます。

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2014
12.14

衆議院選挙の結果を受けて

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予想通りといえば予想通り。
何のために700億も投じておこなった選挙だったのか。
安倍自民党のの安倍自民党による安倍自民党のための、自民党の延命のための大義なき選挙。

わずかな希望の光は共産党の躍進と沖縄での自民党の全敗、逢坂誠二さんや中島かつひとさんの当選か・・。。

2大候補に収斂することで政権交代を起こしやすく民意を問うことが出来るコンセプトの小選挙区制であったが、民主党の体たらくで二大政党が成り立っておらず、野党の協力体制もなくてはこうなるのも当たり前である。
自民圧勝も何も、ほとんどの選挙区が対抗馬共産党のみで、民主党の本気度を疑う。
共産党が選挙協力したら野党側が勝ってた選挙区があるといわれるが、本気なら野党第一党の民主党は共産党のように全選挙区に立てるべきであった。
実際、共産党も沖縄では選挙協力しているし・・。
小選挙区に対応した二大候補者に収斂しての選挙戦の結果と捉えれば、「正しく」小選挙区制の選挙をやっているのが沖縄で、他がおかしいと言えなくもない。

それにしても、もう劣化自民党となってしまった民主党も、自民党の補完勢力の公明党、隠れ自民党の第3極、維新や次世代もいらないから、右の自民党と左の共産党の2大政党でいいとおもう。(生活の党が元気なら一番いいのだが・・)

もっとも政策的には共産党のほうが保守的で自由で民主主義的な国民政党っぽくて、自民党こそ新自由主義で独裁の北朝鮮かシンガポールみたいになってきているけどね・・・。

それにしても、もうおらが村の代表と言っている時代ではないので、世代ごとの代表をだす世代区による選挙にするとか、まず選挙制度をなんとかしたい。

務台俊介みたに国会議員としての仕事もそこそこに、地元の草野球から夏祭りまでなんでも顔を出したがるウザい議員がはびこるだけだから。
粘着しているわけでもないのに少々耳の痛いことを言うだけでツイッターやFBでブロックしているくせに、メルマガだけは一方的に送り続ける失礼なやつだぜ?

それにしても自民党は争点はアベノミクス!消費税!経済成長!って言っておいて選挙がおわるとさっそく「憲法改正にむけて」とか言い出している。
信任を得たとか言ってやりたい放題されるから政治から目を離さないようにせねば。
自民党もかつては派閥なんてのがあってバランスがとれていたが、いまやそれもなくなり独裁がすすんでいます。多様性のない政治ってのは正直怖いですよ。





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